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2009年4月26日 (日)

半藤一利「日本海軍の興亡(愛蔵版)」(PHP研究所)

創生期、黎明期から知りたい人に
これだけの内容で、しかも愛蔵版だけに見た目も美しくって、これで500円dollarとは本気でお買い得である。「お買い得」だなんて随分と下世話な言い方だけれども、文字通りお買い得なんだから仕方がない。「日本海軍の興亡」が知りたきゃ読め、と迷わずオススメしたい本である。この本、看板に偽りがない
ただし、マニア向きではないけどね。
私が本書を読もうと思ったのは半藤先生の本なら安心して読めるだろうということだが、気に入った最初の理由は、こんな記述があったからだ。ちょいと長いが引用する。
「海は瞬時も停滞することを許さない。自由で、しかもつねに変化に敏捷に反応しなければならない。日本が海洋民族たらんとしたとき、国民性そのものに実は根本的な変化が要求されたはずであった。それまでの陸地的な、大地的な意識からの脱却である。硬直した精神とは無縁になることである。海に向かってひらかれた眼とは、国際社会の変化の深さを読み取る眼でもある。国家にとらわれない国際社会という大きな観点からものを見ることのできる眼である。外にひらかれた眼は、ときには国家を超越する。しかし、歴史を予見する眼なのである。
確かに日本は海洋国家ではなく、未だに海浜国家なのかもしれない。最近では、北極圏の資源開発に日本の地の利(っていうか海に囲まれた海洋国家であり、航路を容易にひらくことができること)を生かそうという意見がある一方で、政府関係者は消極的かつ慎重な態度をとっているという話もあったっけ。島国日本は海によって守られてきた国であり、近海の恵みを存分に受けてきた国ではあるけれども、その近海が世界の7つの海と繋がっていて、その向こうには別の世界が広がっていることを意識した人がどれほどあったかね。大きな国際社会の中で、或いは世界の歴史の中で、自分たちがどの位置にいるのか正確に見ようとしたことがどれほどあっただろう。本書を読みはじめて、そんなことを考えてみたくもなったわけである。

たとえ立派な軍艦があっても
本書は人物ベースで話が進んでいく。ここが何よりのポイントであると私は思う。歴史は人間が作るものであるからだ。海軍の歴史であっても然りである。軍艦が好きとか、武器が好きとか、軍服が好きとか、そういうマニア的な人がいてもいいとは思うけど、軍艦のトン数で歴史は語れないし、国力は計れない。以前から「国防は軍人の専有物ではない」(加藤友三郎=大正期の海軍大臣)、「軍艦があっても動かす人がいなけりゃ玩具も同然」(勝安芳=初代海軍卿)、「金がなければ戦は出来ぬ」(右に紹介したご両人)という、国防の在り方や人材の重要性についての考え方が気に入っている当方としては、本書の「人物を通して日本海軍史をみる」というコンセプトが大変素晴らしいと思うのだ。
いくら立派な軍艦があっても、それを自在に動かすことのできる人間がいなければダメだ、いくら強い軍隊があったからといって、それを正しく動かすことのできる器の人間がいなくちゃダメだ。ハード面の充実だけを以て国防を語るべからず、ということも言えるわな。これはハード面の充実だけを以て近代化と称することに懐疑的批判的な目を向けることにも繋がる視点かもしれない。そんなことも考えさせられた。

圧倒的事実の力
半藤先生は端整な文体で日本海軍の興りから滅亡までを書き綴っていらっしゃる。先人たちを讃え、或いは厳しい批判の眼を向けつつも、過剰に情緒的になることも懐旧の思いに浸ったりすることもなく。
人間は怒りや悲しみをぶつけられたときではなく、事実の重みを示されたときのほうがずっしりと腹にこたえることが多いものだ。事実の力は圧倒的である。
その静かで乱れのない調子の文だからこそ、半藤先生の思いがビシビシと伝わってもくるのである。海軍の文化や精神への愛と敬意、その組織が次第に硬直化し官僚的なものへと変貌を遂げる一方で、その精神性が失われて野郎自大的な(半藤先生の言葉をお借りすれば英雄的自己肥大意識に凝り固まった)観念に飲み込まれていったことへの悲しみと嘆き。そして、それらが明治維新から一本の線で繋がっていることへの感慨。余裕で戦後生まれの自分にそういった思いを理解しろと言われても、まぁ無理な話なんだろうけど、この思いもまた「愛国心」というものなんだろうというのは私にも感じ取ることができた。そして「愛国心」というものを語る者は「ひらかれた眼」というものを決して忘れてはならないのだということも。

海軍伝習所と咸臨丸渡米の意義についての記述もある!
たった5頁弱だけど、本書にはちゃんと長崎海軍伝習所から始まる「創生期」についての記述がある。本書10頁、「勝海舟・木村芥舟」。雅号の読みが一緒なのが素敵なお二人だ。幕府海軍贔屓(でも全然詳しくない。笑)的にはご両名とも超有名人なのだが、一般的には「曲者(若しくは食わせ物)」と「誰?」という感じだろう。それが本書では「『海軍こそが日本を救う』という信念を持ち、幕府とか藩などといった意識を捨てて日本海軍への扉を開いた人たち」(要約)という至極「まっとうな」扱いを受けている。嬉しい限りである。

・・・そういや木村さんについては手元にあまりまとまってないメモがあるので、そのうち解読してupしておこう。(永井尚志さんの後任として伝習所の総監理になった木村さんが、伝習所舎監・教授方頭取の勝さんに酷い目に合わされたエピソードもついでに。)

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