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2009年5月 9日 (土)

岩崎さんと勝先生。

4日のエントリーで岩崎弥太郎さんと勝先生の話をチラッとしたけど、こういう話は先生自身がぺろっと喋ってそうな気がしたから、ちょいと調べてみた。

そしたら、講談社学術文庫「海舟語録」(40~41頁)に、こんな談話が。
土佐の人物の話題のなかで、先生は坂本龍馬岩崎弥太郎の両氏を高く評価しているんだけど、それに関連して岩崎さんとの数少ない思い出を語ったもののようです。
(なお、後藤象二郎さんなんかは『大名を塩辛にしたやうなものだと言ってやるのサ』なんて言われている^^;)

岩崎にはただ一度だけ会つたよ。吉井と上野に遊びに行ったとき、昼飯を何処かで食はうと相談したら、岩崎に行かうと言つた。ヲレは金持ちの所は嫌ひだと言つたら、「勝といふ事は匿(かく)してお取りまきになつてみろ」との事で、『それは面白い』と言つて同行した。
岩崎の事だから、大層御馳走をしたが、どうしてか、ヲレを見つけ出したとみえ、帰りがけに、玄関まで来ると、後ろから、シカと抱きすくめたものがある。何をするかと、静かにして居たら、是非ゆるりと話したいと言つて、たつて留められて、それから暁方まで話した。
その後すぐ病気にかゝつた。『役人にだまされでもするのかい』と言つたら、なかなかそんなものぢやアなかつたよ。
(明治二十九年十月二十一日)

岩崎さんが亡くなったのは、1885年=明治18年2月のこと。病死だそうだ。
談話の中にある「その後すぐ病気にかゝつた。」というのは、そのことと関係があるのかな。
前年は、先生にとっては親友・西郷どんの7年忌があって彼の名誉回復運動に奔走した年、五女(第九子)の妙子さんが生まれた年で、先生は御歳62だ。(ひょええ・・・先生、ずいぶん元気だね。汗)
「ただ一度だけ会つたよ。」というのは、岩崎さんが亡くなってしまって二度と会えなくなってしまった、という感慨の意味をこめての発言なんだろう。

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しかし先生。その風貌じゃあ誰も只の吉井友実さんのお連れ様だとは思ってくれないってば。(岩崎さんが勝先生に気付いたときの顔、見てみたかったわな。)

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