« 藤井青銅「歴史Web」(日本文芸社) | トップページ | えび。 »

2009年6月15日 (月)

吉橋通夫「凜九郎②〜③」(講談社YA!ENTERTAINMENT)

3巻全部読み終えた。

もうね意図的に幕末に首を突っ込んでる関係もあるんだけど、最近読む本が勝麟さんに絡みっぱなしなんで心配になってきた。だってあの先生、「猛毒」なんだもの(・ω・;)
…まぁ「毒を喰らわば皿まで」ってことで。(苦笑)

■分身
薄々感じていたことがある。吉橋先生の構想には、愛すべき主人公・凜九郎が誕生するより先に実在の勝さんが存在していたのではないか。もっと言うならば、少年剣士・凜九郎は或る意味に於いては剣豪・麟太郎の分身なのではないか。

おっとりしていて控え目な性格、恵まれた体格、涼しげな目許をした15歳の凜九郎。頭の回転が速く、口が達者で、身体は小さいのに考えることはバカでかい39歳の麟太郎サン。…どう考えても真逆のキャラの二人だが、気が付いたら同じ場所に行き着いているようにも見えるのだ。

幕末、実在の勝さんはこう生きた。

□ 物騒な時代なのに剣に頼らないことを選択し、さっさと武装解除してしまう。
□ 「侍の私闘」のために国家に一番貢献している筈の武器を持たぬ人たちが傷つくのは理不尽だとし、武器を捨てて「負け犬」になることを選ぶ。
□ 政治が誰のものかさえ忘れている政権なら潰れてしまっても良いし、侍なんかいなくなっても良いと考えて行動する。

凜九郎の選ぶ道には、そんな勝さんの影がチラつくのである。悩み苦しみながらも父とは違う生き方を選び、自らのアイデンティティさえ再構築しようとする凜九郎の姿は、侍階級の特権意識をいとも簡単に投げ棄てた勝さんの姿と被って見えるのだ。ダテに名前の響きが似ている訳じゃねえってこった。(←江戸風)

■来るべき時代に
「(前略)そのときお前は/もういちど立つだろう/父がそうしたように/心の力で」(山本太郎「生まれた子に」より)

生まれて初めて立ち上がった我が子が将来必然的に背負うであろう苦難を乗り越え更に成長してくれることを願う内容だ。成長し知の力を得ることで、人は苦しみも背負うようになる。それは自己と対峙する世界から目を逸らさないことであり、与えられたアイデンティティを剥ぎ取った自己と向き合う機会でもある。

読み終えて真っ先に浮かんだのが、この一節だった。自らのルーツを探る旅を終え、今度は自分自身の道を歩き始めた15歳の少年は自らの「心の力で」歩き始めたと言えまいか。
間もなく徳川の御代は終わる。剣の時代も終わる。凜九郎の新たな歩みは、来るべき時代を予見しての決意でもある。
人には大きな決断を下さなければならないときがある。何を捨て、何を守るべきか。そこで人は成長を迫られるのかもしれない。

コレさ、アニメ化されねえかな。NHKあたりで。

■語呂
この作品、何が見事かって、まるで語呂合わせのような言葉のやり取りが頻繁に出てくるとこだ。「つくしでも、たわしでも、しゃくしでもいいから」…「しかし」「しかしも案山子もねえやな」…(②巻30頁)てな具合に。ストーリーも面白かったけど、こういう日本語の良さ全開なとこが、この作品の芸の細かさを感じる部分のひとつだ。

----------------
余談。
実在のアレクサンダー・フォン・シーボルトは、この後在日本イギリス公使館の通訳として明治の外交に関わってゆく。世紀末の日本の外交の行方を死ぬまで心配し続けてたのが明治政府の監視役・勝さんだったと思うと泣けるゎ ・゜・(ノД`)ヽ(゜Д゜ )泣クナ

|

« 藤井青銅「歴史Web」(日本文芸社) | トップページ | えび。 »

勝先生と愉快な仲間(幕末明治ネタ)」カテゴリの記事

本の話&感想文(ネタバレ気味)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1147858/30127268

この記事へのトラックバック一覧です: 吉橋通夫「凜九郎②〜③」(講談社YA!ENTERTAINMENT):

« 藤井青銅「歴史Web」(日本文芸社) | トップページ | えび。 »