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2009年7月12日 (日)

岡本綺堂「戯曲と江戸の言葉」

暑くって脳味噌が沸騰しそうな一日ですた。

あんまり幕末明治本ばっかり読んでると暑苦しいような気がしてきたんで今日は岡本綺堂(あの「半七捕物帖」の岡本綺堂先生ですわ)のエッセイを読んで江戸文化に触れてみた。

江戸人の言葉遣いの心得について書かれていた箇所が興味深かったよ。
彼ら都会人は時と場合によって言葉の使い分けを自然に心得ていた、という内容だ。

「乱暴な言葉と、礼儀正しい言葉と、こんなにも違った言葉がどうして同一人の口から出るかと怪まれるほどに、あざやかに使い分けられるのである。」と綺堂先生。
その中でも江戸の武士どもの言葉遣いについての記述が面白かった。
綺堂先生曰く、武士にはいろいろな階級があって、千石以上の「立派な殿様」から二十俵三十俵の小身者とか「武士だか町人だか殆ど区別の付かないようなの」もあるので、彼らの生活様式もそれに準ずる言葉使いも「まちまち」である、それを一言で語るのは難しいが、一般に彼らの言葉遣いは職人同様「ぞんざい」だ、という話。

随分と意外な人たちが出てきたんで長々とメモっておこう。

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 (略)かりにも殿様と呼ばれるような旗本格の武士もやはりその通りである。私は若い時に新聞記者であったので、社用で勝海舟伯を氷川の邸に訪問したこともある。榎本武揚子に逢ったこともある。一方は江戸城明渡しの勝安房守、一方は函館戦争の榎本和泉守、いずれも金看板の江戸の武士であるが、どの人も「なんだべらぼうめ」である。殊に勝海舟などと来たら私たちに対して「あなた」とも「君」とも云わない。総て「お前」である。それも話がはずんで来ると「おめえ」になって、「おめえなんぞのような若けえ奴に、江戸のことが判って堪るものかよ。」などと云う。これでその平生を察すべしである。
 併し、その武士がいざと云うときには、忽ちに「なんだべらぼうめ」を取払って、「仰せの通り、左様でござる」に早変わりをする。前にも云ったことであるが、武士でも商人でも職人でも、このあざやかな早変わりを心得て置かなければならない。「べらぼうめ」に偏してもいけない。「左様でござる」に偏してもいけない。非常にぞんざいな時もあり、非常に礼儀正しい時もあり、その場合によって変化自在と思わなければいけない。
 (岡本綺堂「戯曲と江戸の言葉」より)

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なんかまた一瞬にして幕末明治に連れ戻された。

「殊に勝海舟などと来たら」

「などと来たら」

・・・って(笑)。

そうそう綺堂先生、その安房守様ってのはさ、元はと云えば四十一俵の小身の御家人、大親分の倅で「武士だか町人だか殆ど区別の付かないようなの」の出身だから、余計に言葉遣いがぞんざいなのかもしれないよ。
釜さんの言葉遣いのほうが丁寧なのは、その辺の差が理由なのかもしれないよ。

そんなふうに書くと、まるで「金看板」がメッキみたいだけどさ(爆)

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