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2010年2月

2010年2月28日 (日)

迷惑メールネタ:「浅田真央ちゃんお勧めサイト!」

From: asada_mao_19@ezwebb.ne.jp
Title: 浅田真央ちゃんお勧めサイト!

タイトルも酷いが、差出人アドレスが“ezweb.ne.jp”ではないところが一番のポイントか。
 

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mobahima
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*18歳未満の方の利用は出来ません。

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メールアドレスにご連絡ください。

info_info_mail@yahoo.co.jp

 
----------------------------- 
勝手に名前を使われた真央チャンも気の毒だが、もし「浅田真央」でググって当ブログに来ちまった人がいたら、ホント申し訳ない。
どうか悪徳サイトの運営者を恨んでくれ。
 
つーかオリンピックにせよ何にせよ、「便乗」ってヤツは苦手だよ・・・。

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2010年2月25日 (木)

日本海軍本、まとめ。

■半藤一利「日本海軍の興亡」
日本海軍の誕生前から、その終焉までの流れを一気に学べる本。
海軍の姿を有機的な組織として、生身の人間が活躍する壮大なドラマの舞台として読むことができるよ。
 
■阿川弘之・半藤一利「日本海軍、錨揚ゲ!」
海軍の文化を楽しく知ろう♪軍人さんと仲良くなろう♪な本。
小ネタ満載、臨場感抜群。軍人さんたちの経歴もざっくりと解説。
 
■工藤美知尋「日本海軍の歴史がよくわかる本」
日本海軍の73年9箇月の生涯。(詳しくは前回の投稿にて。)
 
■日本博学倶楽部「日本陸海軍・あの人の『意外な結末』」
陸海軍の軍人さんたちが身近になる本。
草創期の西郷さん(陸)勝さん(海)~敗戦時の阿南惟幾さん(陸)鈴木貫太郎さん(海)まで+日本と戦った異国の軍人さん、総勢71人のおはなし。
 
 
3s
オマケ:海軍の「3S」。
(海軍士官心得のひとつ)

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工藤美知尋「日本海軍の歴史がよくわかる本」(PHP文庫)

なんかPHP文庫の「海軍本」ばかり読んでいるような気がするんだが(笑)。
 
 
内容は「中級以上」といったところか。
初心者には難しいかもしれない。当方は初心者同然ではあるが、海軍本自体は初めてではないので何とか読めたわけだけれど、入門本としては若干難しいんじゃないかとは思う。
 
実は自分自身、これを古本屋で発見したとき買おうか買うまいか少々迷った。やっぱり難しそうだったからだ。購入を決意させたのは表紙のメンツである。
「本書であまり取り上げられていない人物が表紙に登場するわけはなさそうだ・・・となると、このメンツを大きく扱ってくれるのならば、まんざらフィーリングの合わない本というわけもあるまいさ。」ということで。

Photo
ちなみに自分が判別できるのは5人。
秋山真之中将、勝安芳海軍卿閣下(てか軍艦奉行・勝麟太郎だ^^;)、加藤友三郎元帥、東郷平八郎元帥、山本権兵衛大将。以上五十音順。
 

本書は日本海軍の栄光と崩壊に至るまでの「航跡」を描く本格派海軍歴史本である。組織、制度、海戦の模様などの「各論」は勿論、海軍の成功と失敗を追っかける「総論」的な部分もしっかりと述べられている。細かなデータや象徴的なエピソードなどが随所に盛り込まれている点が何とも親切で有り難い。 黎明期の希望と危機感、明治期の躍進と大正期の深化と翳りの時期を経て、陸に揚がった「能吏」たちが海の男としての、そして国民を守る軍人としてのリアリズムを失っていった経緯が「よくわかる本」なのだ。
個人的には川上操六vs山本権兵衛の対決がやけに印象的だった。山本大将、万歳。
 
以下、おまけ。

■伊東祐亨元帥の評価
工藤先生の評価は決して高くない(笑)。でも個人的には好きな軍人さんだ。貰った勲章は「自分が代表で貰っただけ」、一番の思い出が「重傷を負った水兵さんが自分の手を握って『長官・・・ご無事でしたか』と言って事切れたこと」、清国の司令長官・丁汝昌の遺体を乗せた船を見送るときに弔砲+艦隊全員敬礼で見送ったという人だ。まずは紳士であれ、という、或る意味海軍の手本のような指揮官なんだよね。戦をする上での評価は別にして、立派な軍人のひとりだと思ったりもする。旧薩摩藩士、神戸海軍操練所出身。
 
■べらんめえ軍艦奉行、或いは初代海軍卿閣下のこと。
工藤先生は・・・たぶん閣下のことが好きでいらっしゃる(笑) 「日本海軍の生みの親、勝海舟」って見出しまで付けて閣下の話に頁を割かれてるくらいだから。でも個人的には龍馬との話を書く前にもう少し勝麟こそが「生みの親」である理由をしっかり書いてほしかった。仕方ないから、ここらでちょいと補足しちゃう。(何だ偉そうに。)
 
幕府海軍には優秀な船乗りがいた。これは事実。(ただ、戊辰戦争のときに海戦以外の場面で船を沈没させちゃってるあたり、幕府海軍自体が優秀だったかどうかというと謎^^;) テクノクラートとか士官ってことなら、麟さんなんかよりずっと役に立つのがいたと思う。矢田堀景蔵とか、赤松大三郎とか、いろいろ。
 
それでも勝麟が「生みの親」だってのは、彼が国レベルで外交や貿易など、政治経済の観点から海軍と国防の在り方をトータルに考え、そういったことを次の世代に伝うべく教育に力を入れていたからじゃないかと思うよ。実際に明治の日本海軍で中心的役割を果たす人材を世に送り込むことにも成功している。幕府海軍が直接的には日本海軍と繋がらないことを考えると、尚更「日本」海軍の船出に閣下以上に大きな貢献をした人物がどれほどいるのか、という話になってこようというわけなんですわな。
 
で、この本、閣下の旧幕時代の肖像写真を載せてるんだけど、よりによって如何にも只者でない雰囲気を醸している写真をチョイスしちゃってるんだよね。
しかも和装に洋袴っていう^^;(↓下↓)
Photo_2
・・・やっぱりどう見ても普通じゃないよ、閣下は。
 

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2010年2月24日 (水)

ブルボン「ふわまき ミルクケーキ」

ブルボン「ふわまき ミルクケーキ」
舌をぺろっと出した牛のキャラと牛柄のスポンジのお茶目さに思わず買っちまった。高級ロールケーキのフレッシュ生クリームやしっとりスポンジを期待してはいけないが、コレはコレで旨い☆ 「コロン」に詰められた白いクリームの芯にプチシューの中身のような雰囲気のクリームが入っているのが、却ってコンビニ菓子らしくて良い。
 
 
そういや五輪フィギュアスケートの女子のショートプログラムをちょっと拝見。今更ながら、滑走者30人もいるんだね…日本のマスコミの報道にばかり触れてると、まるで日本の3人とキムヨナちゃんだけで競技が成り立ってるような錯覚に陥るんだがね…。
 
ムードは煽らんで宜しい。試聴者はそれほどバカじゃねぇぞ(苦笑)

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2010年2月22日 (月)

そういや「龍馬伝」って…。

大河ドラマ「龍馬伝」、第2回以降全然観てないんだけど話が何処まで進んだかだけは気になる。
 
気にはなるんだが…。
 
この際「等身大キャラ」の作り方を勘違いしてる点は無視したとしてもだ、たった一度会っただけの河田小龍(土佐藩士で狩野派の画家。中浜万次郎の取り調べをやった人。)とエラく親しかったり、長刀(ナギナタ)の目録を貰っただけなのに剣術がベラボウに強かったりするリョウマが出てきそうで怖くて見られない(笑)
 
まあ、この大河ドラマを喜んで観てる人って、別に龍馬なんか好きじゃないんだろうな。作ってる人たちも幕末コスプレの若年層向きのドラマを作りたいだけなんだろうよ。
 
あ、勝麟は一切登場させなくていいからね。どうでもいい三枚目キャラなら、いっそのこと出さないほうがマシ。NHKめ、勝麟が片キンだからってナメてやがるか。(スイマセン、お上品で。)

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2010年2月20日 (土)

阿川弘之・半藤一利「日本海軍、錨揚ゲ!」(PHP文庫)

阿川先生&半藤先生の海軍通(東大文学部の先輩後輩というご関係です)による面白対談集。
 

題名を見て、ひょっとしてこいつは自分のためにあるような本かも!と大興奮して手に取った。阿川先生の気の利いた歴史的仮名遣いの素敵な「まへがき」でも触れられているが、米海軍のマーチ“Anchor's Aweigh”(号令詞「錨揚げ!」の意)といえば、私の定番のアラーム音だったりするからだ。私の朝は出港のマーチで始まるのである。
まあ、それはともかく、読んでみると実に素敵な本なのだ。当方軍人さんに詳しいわけでもなく戦艦マニアでもなく軍服萌えな趣味もないが、日本海軍についての専門的知識などまるでなくても面白く読める内容になっている。雑学的話題や裏話が満載。日本海軍や軍人さんが、とても身近に感じられること請け合いだ。
 
私は好きなこと(もの、人)を語るのが苦手である。
その良さを伝えようとするとき、何か客観的な要素を探そうとしてしまい、その結果好きだという感情は押し殺されてしまうかららしい。だから結局、「愛」は伝わらない。
しかし、阿川先生と半藤先生は違う。
本書も遠い憧れや懐旧、嘆き・・・様々な思いを込めて海軍の思い出と歴史とが愛情たっぷりに語り尽くされるのだ。が、だからといって客観性を失うことはない。情に流されず、それが自壊してゆくさまをも、しっかりと見つめて語っていらっしゃる。
 
目先の成果にとらわれて理念を忘れ、軍艦の舵取りはできても国家としての大きな方針を示すことの出来ない硬直化した閉鎖的な組織、人間の集団であることを忘れ、その最も大切な要素である「人」を武器弾薬のひとつとしてしか見られなくなった組織は、やがて崩壊する。前を向くことも先を見ることも忘れ、視野の広がりも視点の深さも無用のモノとなった組織が何かにしがみついた挙げ句、現実というものがどんな時代の流れに乗っかって運ばれてゆくのか見誤り、ついには見失ってしまった悲劇。その中で人として優秀な、愛すべき人たちを失ってしまった事実・・・。
 

こんな言葉があった。
 
「海軍とは単なる戦闘集団ではない。
生きた人間の組織であり、それ以上にひとつの文化なのである。」
 
おそらくはロイヤル・ネイビー(英吉利海軍)の伝統に通ずるであろう、海軍というモノの理念のひとつである。
薩摩の山本権兵衛がまだ海軍見習いだった頃、旧幕府海軍出身の海軍卿、勝海舟にビシビシ叩きこまれた基本理念のひとつがコレだという。(えー、山本さんは1箇月ほど勝先生んちに居候していたことがあり、そのときに英吉利流の基礎教育をみっちり受けているんですな。閣下万歳。)
 
日本の軍隊の上層部は、兵隊さんや国民が文化を共有する生きた人間の集団であることを忘れてしまったんじゃないか。日本海軍の辿った運命、これ自体が謂わば彼らの遺産である。それを生かさなければバチが当たるぞ、と思わずにはいられない。「賢者は歴史から学ぶ」とは良く言ったもんだ。

 
以下、雑感。
 
■海軍心得の「五分前」ナントカの正体が判明。正しくは「五分前精神」だそうだ。どっかの社訓にありそうな「五分前主義」って言葉より100倍素敵だ。
■「海軍大学校入試問題」の話。「3を3回使って0から10までの数式を出せ。あらゆる記号を使ってよい。」ってヤツね。実際やってみました。一応文系のオイラでも延べ2時間ほどかけて何とか0から9までは出来たんだけど、10は全然無理でした。(章末の解答例を見たけど、10は反則技だった。笑) あ、高等学校の「数学A」程度の知識があれば解けるよ。
 
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この本を読み終えたのは実は今年の正月頃。
感想文を書くのが面倒でズルズル延ばしてたら今頃になっちまった。まだ数冊分溜まってます。 

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2010年2月18日 (木)

プチ桜餅&草餅。

プチ桜餅&草餅。
今日のデザート。

一昨日からこないだのサッカー日韓戦の観戦記を書くか否か未だに思案中。…あまりに阿呆げた試合だったんで、冷静に書ける自信がないんだわ(・ω・;)

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2010年2月16日 (火)

コンビニライフ。

用事のついでにコピーをとったら釣り銭を取り忘れ、その勢いで「なめらかプリン」とB6版のワンコイン本(止せばいいのに「坂本龍馬と勝海舟」。呆)なんか買っちまった。
気のせいか懐が薄ら寒い雨の夕方だった。

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2010年2月13日 (土)

幕末熱便乗二態。

やっぱりブームなのかねえ、幕末。
「ブーム」って苦手なんだけどねえ。
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其の①:「宗教団体」の場合。
 

 
「坂本龍馬・勝海舟の霊言 大いなる精神の飛躍を」定価1,050円(税込)

「幕末の英雄たちは、日本の現状をどう思っているのか?
坂本龍馬と勝海舟に直接訊いてみた。」
 
凄えな。
直接訊いちゃってるぜ、おい。
 
内容は、こんな感じらしい。
 

「あの情熱を、あの覚悟を、あの先見性を――。
近代日本の土台を築いた、
幕末の英雄が現代の日本を語る。」

・・・だってさ。

 
別に語ってくれなくたっていいから。
寧ろ語るな。つーか騙るな(悲鳴)
 
泉下でこの本の存在を知ったら、ご両人はどう思うだろう。
リョウマも麟さんも、ただニヤニヤするだけかね。

「センセイ、おかしな本が出ちゅうぜよ。これ、ワシらのニセモンですかぇのう。ほれ、よう似ちょる。」
「ナニ、贋物(ガンブツ)はこの霊媒師擬きのほうさ。テメエの商売のために、おいらたちを出汁に使うたあ太え野郎だ。」

 
 
宗教家なら自分の言葉で語ってほしいし、言葉と実践の両方で自らの主張の正しさを示してほしい。
「霊言」とか何とか言ってさ、結局は人気キャラクターの威を借りて自分の権威を高めたいだけなんだろう。
だいたいなぁおめえ、龍馬ブームに乗っかって商売しょうって了見じてえがよくねえよ。(って勝先生に怒られても知らないよ^^;)

 
龍馬ブームに乗っかりたいのは大川先生だけじゃないだろうから、まぁそこは大目に見るとしてもだ。

 
何で師匠の麟の字まで巻き添え喰らっちゃってるんだい?

 
普通ね年長順でも五十音順でもアルファベット順でも背の順でも勝先生が先でしょうが名前を並べるなら一応師匠なんだし。(←一気に読んでね)
こりゃ勝先生は龍馬ブームの巻き添えになったに過ぎないことの証拠だな(違)
でも、巻き添えにする理由が解らん。さっぱり解らん。

 
と、言いつつ・・・怖いモノ見たさで手にとってみたい気持ちもあるんだがね、この本。
でも絶対買わねえ。
 
 
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其の②:「乙女ゲーム」の場合。
 
ケータイでニュース見てたらさ、恋愛ゲームの宣伝バナーが目に入ってね・・・一応幕末モノらしいんで、ちょいと気になって冷やかしに行ってみたんだが・・・。 
 
「幕末想伝☆恋の嵐」
(気になる人は検索してね^^;)
 
 
キャラクター設定は無茶苦茶です。
(特に最後の2人については、作者は謝りにいったほうがいいと思う。笑)
 
攻略できるキャラクターは以下5人。

■坂本龍馬(おそらくメインキャラ。シャイな俺様系)
■西郷隆盛(奥手? 誠実?)
■沖田総司(不器用なクール系)
■桂小五郎(なぜかヤンキー)
■勝海舟(優しいインテリ系プレイボーイ?) ←えええッ!!!?
 
 
長身&メガネ男子の勝先生ってよぅ・・・。(因みにサブキャラ大久保一蔵どんもメガネ男子。笑)
 
しかし先生、コピーが「幕末№1の好色」って一体 orz
 
いや、麟さんが「そっち方面」に滅法強いのは認める。認めるけどさ・・・
「日本を創った英雄」(西郷どん)とか「神も認めた天才剣士」(沖田くん)みてえな肩書きも付けてやれっての(笑) 先生だって一応剣士なのに^^;

しかも、女好き米国代表「ペリー」(何でだ―――!!?)と「対決」しちまうんだってよ。
 
太平洋戦争が早まるだろーが!! 
なおマシュー・ペリー氏は還暦過ぎてから来日してるからね^^; 
 
自分が制作側だったら、一応は「歴女向き」に作るけどなあ。それぞれのキャラにありがちな感じのストーリーを設定したりもするだろうけどなあ。
 
たとえば、さ。
 
「危うし小五郎くん 幕末の京 恋の逃避行」(桂小五郎と一緒に逃げまくる)
「ふたりきりの島流し 常夏のバカンス」(西郷隆盛と一緒に島流しに遭う)
「まったり新撰組日和」(子供好き冗談好きの沖田総司と、幼馴染みの「貴女」がまったりと束の間のオフを楽しむ日々。しかし病は既に・・みたいなノリ。)
「日本洗濯日記~ヒミツの海援隊隊士じゃきに」(性別を偽って入隊するぜよ)
「ドキドキ☆華のお江戸案内」(江戸っ子麟ちゃんが大奥勤めの「貴女」をこっそり江戸に連れ出して遊びまくる)

・・・とかね(爆)
 
アホらし^^;
 
 
あと、このゲーム、キャラが「斬新」なのはいいとして(いいのか?)、全員が標準語(しかも現代若者言葉)を喋るのが、イケてないと思う。西郷さんは九州の他の方言が混ざった喋りみたいだけど。「もどき」ってレベルでいいから多少はお国言葉で喋ろうや。

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2010年2月11日 (木)

日本史の疑問。

江戸時代と奈良時代の区別さえイマイチな、歴史音痴のヒトに訊かれた。
彼女は私が近代史に凝ってることは知らない。 
 

「あの〜ぅ。りんぞぅさんは歴史詳しそうなんで訊いちゃいますけど…」

「は、はい、なんでしょう。(いや、別に詳しかないが…)」

「セッシュウとぉ…」
 
「雪舟と?(うわぁ…東山文化かよ)」
 
「カツカイシュウは…」
 
「は、はあ。(ウッ…そう来たか!)」
 
「どーゆーところが違うんでしょう?」
 
「(暫し絶句)…ぜ、全然違います。雪舟は絵描きで坊さん、勝海舟は江戸幕府のサムライですッ!(この答えも変だなあ…)」
 
「えええぇッ…サムライだったんですかぁ。へ〜ぇ知らなかった…」

 
…この人、勝先生を何だと思ってたんだろ。(苦笑)
異次元レベルの珍問だったとはいえ、質問の内容に吃驚してドキドキしてしまった自分は修行が足りんのだろうか orz

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男梅 のど飴。

男梅 のど飴。
渋い顔した梅干しのキャラが滝行や座禅に挑むCMが妙に印象深い「男梅」シリーズののど飴。
「手塩にかけた心にしみる梅ぇ味」って歌い文句。間違いなく梅干し系の飴なんだが、何が「男」なのかはオイラにゃよく解りません(笑) ただ、フルーティかつ華やかな風味の梅味じゃなくって、かなり塩の味を感じる渋めの味だから、そこが「男」なんだろーな、とは思った。

しかしまあ…愛車(人力二輪)は後輪がパンクしちまうし、腹痛はするし、盛り沢山の日だった。CMの「梅」みたいに禅寺(永平寺とか牛島弘福寺くらいしか思いつかん。笑)で精神修養でもさせてもらったら、ちっとは心穏やかに過ごせるかな(笑)


 
【追記】
コピーの「手塩にかけた」が「天塩にかけた」になってたんで、大慌てで修正。誤変換に気付かない自分も自分だが、慣用句もまともに変換できないケータイにうんざり(苦笑)

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2010年2月 9日 (火)

アロマキャンドル。

アロマキャンドル。
最近のハマり物。

優しく揺れる炎がたまらん(´∀`)b

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2010年2月 7日 (日)

アートシュガー。

アートシュガー。
プレゼント用にせっせと作ってたんだが、気付いたら丑三ツ刻になってた。

白とピンクばっかなのは、相手が小中学生の女のコだからだ。(…っつーか、食用色素が「赤2」と「褐色」しかなかったからってのもあるが。爆)

全部で266個。(画像はその一部。)
マジで疲れた。手に力が入らんし。
てなわけで、お休みなさい(´□`*)

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2010年2月 5日 (金)

2月4日:咸臨丸品川出帆。(Vol.02)

前回のエントリー「Vol.01」のつづき。
-----------
 
颱風並みの低気圧が猛威を揮う冬の太平洋は連日荒れた。
勝さんの高熱は下がらない。 
航海に出て何日か経ったある日、その勝さんが甲板に姿を現した。船から身を乗り出し、突然ゴボッと「何か」を吐いた。
「おや、船酔いですか。」
やはり蒼い顔をした船員がニヤニヤしながら声をかけた。勝さんはガバッと振り向いた。
「おう、だったらどうだってんだい。」
顔面蒼白、眼光だけが異様に鋭い。唇からヌラッと赤い液体が流れた。船員はギョッとした。勝さんは一瞬ニヤッとすると、また何処かへ行ってしまった。
 
こんなことを何度か繰り返し、勝さんは漸く動けるようになった。天気は相変わらず悪い。もともと乗り物が苦手だった勝さん、あまり揺れると眩暈がした。
 
実に皮肉なことではあるが、勝さんが寝込んでいる間、船の操舵において中心的役割を果たしたのは結局メリケンの乗組員たちだった。日本人の船員の大多数は初めて経験する悪天候に太刀打ちできずにいた。船酔いで潰れた挙句、真冬の風と冷たい海水に体力を奪われ、病気に罹る者も出た。そんな中でメリケンで航海術を学び船員の経験もある中浜万次郎の元気な働きっぷりや、数字に強い小野友五郎の正確無比の天文観測の技術なんかが辛うじて日本人船員の面目を保っているといった感じだった。
ジョン・ブルック大尉は呆れ返っていた。日本人の船員たちの操船技術の未熟さや経験不足は仕方がないとしても、それ以上に船員たちの役割が明確に割り振られていないこと、彼らが悪天候に対してあまり危機感を覚えていないことに心底ウンザリしていた。
 
「アドミラル・キムラ(木村提督)」も「キャプテン・カツ(勝艦長)」も、あろうことか「sea sickness(船酔い)」で寝込んでしまっているのだ、と大尉は聞いていた。
大尉の見たところ、アドミラルはキャプテンより年少だったが、肉付きの良い頬をした温和な印象の男だった。身分や慣習を厳しく守るちょっと保守的な人物のようだった。一方のキャプテンは快活な人物に見えた。感じのよい顔立ちに、明るい表情。精悍な体つきといい、ひょいと手すりに飛び乗ったりする身軽な動作といい、よく訓練された船乗りのようでもある。傍でまじまじと見てみると驚くほど小兵だったが、大尉を見上げるその両眼は他人の心の中まで見透かしてしまうような鋭い光を放っていた。
 
太平洋に乗り出してから37日目の朝、咸臨丸はサンフランシスコの港に錨を下ろした。
人々は海の向こうからやってきた侍たちを熱狂的に歓迎した。新聞記者で詩人のホイットマン氏は侍の行列を見たときの新鮮な驚きを詩に残し、新聞記事にした。彼は行列の中にいた小柄な侍の風貌に衝撃を受け「あれこそが人間の顔だ」と書き留めた。詩人の心をも揺さぶった艦長・勝麟太郎の精悍な目元や理知的な額は、メリケンでもちょっとした評判になった。
当の勝さんは、これまで書物で読んだりオランダの軍人さんたちから聞いたりはしてきた「近代社会」というものを肌で感じることができたのを喜んでいた。恩義とか信義などといった私的なつながりではなく公的なルールに基づいて動く集団を、そして門地ではなく適材適所であることを第一に考えた人材の活かし方を実際に見ることができた。裁判所から呼び出しを食らったり、週末ごとにキリシタンの教会に連れて行かれたりという珍しい経験もしたが、この大冒険が元剣術遣いの軍人・勝麟太郎を大政治家・勝海舟へと変貌させる第一歩となった。
それから、女性を船に乗せないという日本の習慣を知ったメリケンの淑女たちが男装して乗船してきたとき、木村さんは素知らぬふりをして土産にかんざしの入った包みを渡すという小粋なはからいをしてのけた。けちな幕府に代わって乗組員たちへの十分な手当を支払うため、また異国で日本人が困ることがないようドル札を用意するために殆ど全財産を使ってしまった木村さん。彼はこの航海が生まれたばかりの海軍の歴史にとってどんな意味を持つものなのかを理解していた。
 
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勝さんとメリケンとの縁は、その後もずっと続くことになる。1867年には15歳になった長男の小鹿(コロク)さんが米国アナポリスの海軍学校に留学した。25歳で帰朝した後は日本の海軍で活躍したが、残念ながら40歳で病没してしまう。この小鹿さんの知り合いで、1871年に来日して静岡学校で英語や科学を教えていたE.W.クラークという米国人教師も勝さんと親しくなった。彼は帰国後「勝安房---日本のビスマルク」という本を出版した。クラークさんはこの本の中で「世界を3周したが、彼以上にナザレ人イエスの人格を備えた人を私は知らない」と書いて異教国の奇傑を絶賛している。1875年に来日したホイットニー一家の娘・クララさんは、勝さんちの三女・逸子さんの親友になった。さらに1886年には頼りなくお調子者の不出来な三男坊・梅太郎さん(母の実家の梶姓を名乗る)と結婚し一男五女を授かった。1899年に勝さんが亡くなると、夫に生活力がまったくないことを実感したクララさんは子供たちを連れて帰国してしまうのだけど、彼女は自身の父親であるウィリアムさんの話も子供たちの父親である梅太郎さんの話もしない代わりに、勝さんとの美しい思い出をよく語っていたそうである。末娘のヒルダさんは日本のお祖父ちゃんをとても誇りに思っていたので、戦時中も「カジ」姓を名乗り通したという。
 
さて、あの航海から145年目の2005年秋。
米国バージニア州に暮らす大尉の孫ジョージ・ブルックさんの家に一枚の日本人の肖像画が保存されているのが「発見」された。A4版ほどのサイズのその絵、左手に脇差しを持ち、ぐっと正面を見据える総髪の侍が描かれている。モデルは勝麟太郎だ。肖像画の裏には「カーンより、ブルックへ」という文字が書かれているという。一緒に乗船していた絵師のカーン氏も大詩人ホイットマン同様、この日本人の風貌に創作意欲をかき立てられたのかも知れないね。
 
・・・ということで、安政7年1月13日(西暦1860年2月4日)は「咸臨丸品川出帆」の日でありました。
木村さんが私財を擲ってまでお金を用意した話、その覚悟と責任感において個人的に好きな話なんですが、これってよく考えてみると非常に「日本的」なんですよね・・・。明治時代に勝さんが「日本では外国とは違って、指揮官たる者普段から態度が立派で面倒見が良い人でなければ兵隊や水夫を手足のように動かすことはできない。上官となる者は兵卒の10倍頑張らなくてはいけない。」というような意味のことを書いてますが、わざわざこんなことを言わなくてはいけないということ自体、規則や指揮命令系統が厳正でないという状況の現れなんだろうな、という気がしてなりません^^; 
 
【追記】
実はこの「おはなし」、ここ2年ほど歴史本を読んでいるウチのオトンを読者に想定して書いたものであります。無茶苦茶読むのが遅い彼でも読めるよう一文一文を長くしないように、また「歴史ネタ」に疎くてもストーリーを掴めるように書いてみました。
2011年1月に後日談を加えたのち本当に父に読んでもらいましたが、ニヤニヤしながら読んでくれました。そして曰く「最近思うんだけど、勝麟太郎って面白いよな。」。
ええ、面白いですとも。昔から面白えさ。・・・でも、あんま人気ないんだよな(爆)

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かぶる。

すべてを「ひっかぶる」人がいれば、「ほっかむり」を決め込む人もいるわけで。

…どちらの人間にもなりたかねえな。

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2010年2月 4日 (木)

2月4日:咸臨丸品川出帆。(Vol.01)

安政七年正月、江戸赤坂。
 
数日前から風邪を拗らせて寝込んでいた勝麟太郎は、ふらりと起きてきて身支度を始めた。妻のお民さんは吃驚した。
「あなた、そんなお身体でどちらへおいでですの?」
「なあに、ちょいと品川まで船を見にいってくるだけさ。」
「でも・・・」
「へっへっ、心配にぁ及ばねえよ。すぐ帰ぇるわ。」
 
勝さんはふらりと家を出た。高熱でぼうっとしている。頭がガンガン痛む。ときどき苦しそうに咳き込んだりしているが、不思議と足取りはしっかりしている。
彼は戻らない覚悟をしていた。
「おいら、船乗りだよ。艦上で死ぬなァ覚悟の上さ。畳の上で犬死なんぞ頼まれてもしてやるもんか。」
 
前年、幕府は新見豊前守正興さまを団長として日米修好通商条約批准のための使節団をメリケン国の首都・華盛頓に送ることを決定した。使節団はメリケンの軍艦ポーハタン号に乗せてもらうことになった。
「何でい、俺らがいるのにわざわざメリケンの船で行くこたぁねえじゃねえか。」
その話を長崎で聞いていた勝さんは憤慨していた。そこで江戸に戻った折「使節団の派遣は是非日本の船で行うべきである」と幕閣の連中に直談判に行った。
「馬鹿を言うでない。軍艦の操舵を習ったのは僅か4年、どうして太平洋を渡れると云うのだ。」
幕府は彼の訴えを突っぱねた。が、そこで引き下がる勝さんではなかった。
「それでは日本船を予備として派遣するというのは如何でしょう。冬の太平洋です、万が一メリケンの船が難破するようなことがあれば・・・」
「そうか、それもそうだ。」
岩瀬忠震、水野忠徳といった人たちが彼の意見に賛成した。勝さんは随行艦の艦長のような立場になった。 
 
派遣される軍艦は当初は観光丸を予定していた。10年前にアムステルダムで建造された木造外車式蒸気船である。全長51.82メートル、排水量780トンという然程大きくもない船だ。幕府が所有した最初の蒸気船がこの船だった。
ところが、それを聞いたオランダ人の海軍の先生がストップをかけた。
「この船では危険だ。外車式の古い船である。太平洋を越えられるとは思えない。」
幕府は急遽随行艦の変更を決めた。全長48.8メートル、排水量625トンと観光丸以上に小型ではあるが、2年前に幕府が10万ドルを出して買い上げた最新のスクリュー式蒸気船。原名ヤパン号、日本名は咸臨丸である。安政6年師走の24日、出航直前のことだった。
随行の言い出しっぺであり、軍艦操練所教授方頭取という地位にあった勝さんは積み荷の積み替えに追われた。冷たい雨が連日降り続いた。毎日ズブ濡れになった。彼は珍しく風邪を引いた。
 
遂に高熱を出してダウンした勝さんは、寝床の中で腹を立てていた。メリケン人を一緒に乗せていくことになったからである。
「へん。木村さまたちの指金だな。俺ら日本人だけじゃ心配だからメリケン野郎を一緒に船に乗せようって魂胆にちげえねえ。歴史に残る航海だってのに、これじゃあどうせ日本人だけじゃ海を渡れなくってメリケン人の助けを借りたって話になるに決まってらあ。クソ面白くもねえや・・・」
 
出航当日、船には本当にメリケンの軍人が乗っていた。乗組員は日本人96人、「メリケン野郎」11人。
勝さんの怒りと不満はピークに達した。体調はどん底である。船室に降りてゆくと、いきなり引っ繰り返って寝てしまった。
 
軍艦奉行・木村喜毅は「面倒なことになった」と思った。木村さんはときどき、勝さんを苦手だと思う。嫌いではなかったが、何というか「持て余してしまう」のだ。木村さんが長崎に派遣されたとき、勝さんは伝習所の舎監で伝習生のリーダーの一人だった。和蘭語が堪能だったからオランダ人の先生たちの手伝いもやっていた。先生たちの間では「頭が良く、明朗で、その上人当たりも良く親切」と評判の男だった。
ある日、伝習生があまりにも早く操練を終えて帰港してくるので木村さんは苦言を呈したことがある。勝さんは「気に入らねえ」という顔をしたが、直ぐにニッコリと笑って「ようござんす」と答えた。
暫くして勝さんが「ねえ木村さま、一度操舵の演習をご覧にいれますからご乗船になったら如何です?」と言ってきた。木村さんは言われるがままに船に乗り込んだ。
風の強い日だった。波が高く船はやたらと揺れる。船に慣れていない木村さんはだんだん気分が悪くなってきた。
「ここは何処だ。そろそろ戻っては・・・?」
木村さんを一瞥した二重瞼の目は笑ってはいなかった。
「何を仰有いますぇ、ここはまだ天草から5、6里のところでんすぜ。せっかくですから今日はもっと遠くまで行ってみようと思っておりますのに。」
あのときのことは思い出したくもない。だが勝さんが操練を早めに切り上げる理由は理解できた。この小普請上がりの舎監は、木村さんを含む身分の高い連中が困っているのを見て内心ニヤニヤしているような悪趣味な男だったが、若い伝習生たちには優しかった。
 
木村さんは地位的には大将とか提督のようなものだったが、航海の知識は殆どない。今回も困ったことがあれば船室に降りていって部下の勝さんに相談しにいくしかないのだが、「あなたが上官でんしょう、勝手になすったらようございます。あたしゃあ、あなたがたに指図できるような立派な御身分じゃござんせんのでね!」と当たられるのがオチだろう。もともと気が短くて臍曲がりの本所の旗本である。寝込むついでに例によって癇癪を起こして引き籠もっているに違いない。彼の癇癪玉は一級品で、ひとたび破裂すれば誰も手をつけることができなかった。
木村さんは彼の癇癪の原因が不平不満であり、その根本的原因がメリケン人の同乗だけではなく、「身分」にあることも知っていた。何故あんなに怒るのかは全く理解できなかったが、怒りの理由については彼にも十分に察することができた。幕府海軍の精鋭である筈なのに下っ端役人でしかない勝さんは、指揮官の仕事を任せられながら身分が上の者には必要な指図さえできない理不尽さに怒り、その非合理性が海軍発展の妨げになっていることに憤っているに違いないのだった。
 
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調子に乗って書いていたら長くなっちまったので、Vol.02につづく・・・。

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2010年2月 3日 (水)

パウダースノー。

一昨日の雪は、わたあめみたいな塊だった。
今日のは見たことないようなパウダースノー。
 

粉雪だなんて、関東のクセにどんだけ寒いんだ。

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2010年2月 1日 (月)

2月早々。

今日から2月。
 
そういや旧暦の昨日、正月晦日は勝先生の誕生日だったな。そんなことを考えてたせいか、早速出勤時刻を間違えた(笑)

 

夕方から雪になるらしい。漸くシベリア気団が大人しくなってきたか。
 

そろそろ春だな。
(自分の脳ミソ含め。笑)

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