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2010年3月17日 (水)

ホイットマンと勝先生。

安政7年2月25日、グレゴリオ暦1860年3月17日は、咸臨丸が37日間の航海を終え、木村摂津守さま以下乗組員の皆さんが桑港に上陸した日であります。
 
今回のテーマは「顔」。何処で読んだ話か覚えていないのが誠に残念なのであるが、こんな話があった。 
 
―――――――――
1860年。
アメリカは熱い興奮に包まれていた。
日本政府(江戸幕府)からの使節団が、冬の太平洋の荒浪を乗り越えて遙々やってきたのだ。日米修好通商条約の批准書を取り交わすためである。
 
東洋から遙々やってきた誇り高きサムライたちの行列を熱狂的に歓迎する群衆のなかに、「ニューヨークタイムズ」紙のホイットマン記者がいた。
 
興奮気味に行列を見つめていた記者の瞳は、その中にいた一人の侍の顔に釘付けになった。そして、そのときの驚きと感銘を記事にした。
 
 
『あれこそが、人間の顔だ。』
 
―――――――――
 
ホイットマン記者てのはアメリカ近代の大詩人ウォルト・ホイットマンね。当時41歳だった。
そして、その「人間の顔」をした日本人こそが他でもない我等が(?)勝海舟だった…って話。麟さん、当時37歳。
 
そういや絵師として随行艦・咸臨丸に同乗していたカーン氏も教授方頭取・勝麟太郎をモデルに肖像画を描いているな。(→咸臨丸品川出帆)
 
画家に詩人。
芸術家が「描きたい」と思うような顔立ち…というより面構えだったんだろう。
まあ、芸術家でも何でもない自分だって、子供の頃に初めて勝先生の顔を拝見して衝撃を受けたからね。面構えの凄さに周章狼狽したもん(笑)  思わず「うわぁ…」って叫んで絶句したもん(笑)

しかし…「人間の顔」ねえ。
意志、叡智、誠実さ、そして誇り。
人生を真摯に愛し、また人生に祝福される人は、そんなものに満ち溢れた顔をしてるものなのかな。
自分もいずれはホイットマン記者に「まあまあ人間らしい顔」と言ってもらえる程度の顔になってみたいもんです。
 

ほんの出来心で「自称・勝海舟の弟子」になって約1年。気のせいか世の中が少し面白く感じられるようになった気がする(笑)けど、一番の収穫は、先生の凄い面構えに慣れたことかもしれない。(爆)

 
ということで、不定期更新・勝先生の逸話を晒す企画ですた☆.。.:*・° 

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