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2010年12月

2010年12月27日 (月)

あの江戸が戻ってきた・・・。

夕飯を食べ終わってTVをつけたら昨年秋にバカみたいにハマったドラマ「JIN -仁-」のディレクターズカット版(っていうの?)を放送していた。
悔しいけど見ちまいました。
 
普段ドラマなんて滅多にみないのだけど、このドラマは不思議なことにセリフまで覚えていたりするんですよね。毎回「今日の主題は何だろう?」と考えながら見るのが楽しかったもんな・・・。陽気で豪快な龍馬やニヤニヤした軍艦奉行並など、幕末キャラクターに会えるのも楽しみだった。
 
明日の第二夜も見るしかないんでしょうな・・・悔しいけど(笑)
 
 
一応、公式サイト。
http://www.tbs.co.jp/jin2009/

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2010年12月25日 (土)

キリシタンの祭りどころではなく。

味覚がおかしい。
ただバナナとバナナカステラ(バナナ餡入りのバナナの形のヤツ)と明太ご飯は美味しく食せる。
 
医者に貰った薬が効いて、一時的に平熱に戻る。
ろくすっぽ食ってないため、寒い。

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2010年12月24日 (金)

とんだクリスマスプレゼント。

午後から38度の熱、筋肉痛、関節痛。
仕事が終わってから医者に行ったら、ただの風邪と診断。流行性感冒じゃなかったのが不幸中の何とやら。
 
イエス様の誕生日なんて祝ってる気分じゃねえや。
 
 

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2010年12月20日 (月)

突然忘年会。

夕方から忘年会。
知らされたのは当日の正午。
 
自分だけ知らされてなかったのかと思って憤慨したが、本当に急に決まったことらしい。
  
酒は全く飲めません。
だからいつもニヤニヤしながらコーラかオレンジジュースを飲んでいる。
 
アルコールが適度に回った職場の仲間たちが、どんどん饒舌になっていくのを見ているのも悪くはありません。
饒舌になった上司が
「みろく。さん、俺ら酔っぱらいを見ていても何が楽しいのか解らないでしょう?」と話しかけてきた。
「でも、こういう場で素面でいるのも悪くないですよ。」と返しておいた。

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2010年12月11日 (土)

2011年の運を使い果たす?

ル○ネで買い物したら、500円券が当選しちまった。
 
12月25日まで使えとさ。
 
貧乏な自分としては本当に有難いんだが、なんかこういう「幸運」を自分のために使うのは勿体ないような気がする。
 

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2010年12月 7日 (火)

今日の戦利品。

今日の戦利品。
訳あってボディショップに立ち寄ったら「レインフォレスト ヘアケア」ってシリーズが出ていた。夏からずっと頭皮を洗うことばっか考えてたせいか最近髪が乾燥して髪型が余計にキマらなくなってきたのが気になっていたので、思い切ってお試しセットを買ってみた。香りは断然「シャイン」が良かったんだが(瑞々しいグリーン系)、「ヘアトリートメントバター」を使ってみたかったから「モイスチャー」のセットにした。
 
で、使ってみた。
コレ地味にいいわ。頭皮は軽いんだが、髪は重みがあるという感じの仕上がり。汚れは落ちてるけど乾燥はしてない…ということか。値段が高いから継続するか否かは検討中。使い続けると良さがわかるというタイプなんだろうけれど。
 
ついでに古本屋に寄ったんだが「幕末機関説いろはにほへと」の画集(?)を危うく買いそうになった。題名くらいしか知らないアニメなんだけど、たまたま本を手に取ったらさ、登場人物の坂本龍馬のキャラクター化が見事でさ…存在感といい、リアリティといい。他にもなんだか悪そうな榎本武揚とかガトリング家老とかがいて、面白かったんだよね…。アニメのキャラクター設定の大変さや面白さも垣間見れるとこも気に入った。
かわりに(?)「図説 河合敦と歩く江戸人物伝」(学習研究社)なんて本を買って帰った。歩かれてる(!)人物は堀部安兵衛、大岡忠相、長谷川平蔵、遠山金四郎、新選組(撰じゃなくって選だった)、勝海舟(やっぱり彼は外せないか。笑)。
江戸好き的には、わざわざ歩きに行かない迄も、ついでがあれば行ってみたいスポットばかり。綺麗な写真を眺めるだけで歴史の勉強にもなるし、まずまず良い本だ。
142頁掲載の勝先生巡礼(違)コースのD〜Fが、まるっきり先日歩いてきたコースだったのが面白かった。ついでに149頁の勝さんの写真が、何でこの写真なんだよ?とツッコミたくなるような絶妙チョイス。(おそらく文久〜元治年間撮影。龍馬と一緒にいる頃かな。) あのさ先生、手を袴の中に突っ込んで内股を触るのはやめようよ。座り方も爪先立ちになってて何か落ち着きなさげだし、顔は明後日の方を向いてるし。…個人的には好きな写真だけどさ。小学生みたいで(笑)

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2010年12月 4日 (土)

銅像は口をきかないよツアー@上野・浅草・其の弐

上野浅草ツアー(違)レポ、続き。
(前回のエントリーの最後に「続きは明日」とか書いておきながら、昨日も一昨日も全然作業が進まず。笑)
 
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通称「金のう○こ」の前を通過。
アサヒビール本社ビル横の「スーパードライホール」。
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つーか、このオブジェ。
怪しげな形状ですが、う○こを象ったもんじゃありません。
こいつの名称は「フラムドール」、金の炎を表したものであります。
当初は「3段重ね」になる予定だったらしいけど、ちょっと高すぎるってんで1段だけになったんだったっけ。
作者はパリ生まれのフランス人、フィリップ・スタルク。
  
建設途中のスカイツリーを右手に川沿いを進んでいくと、此処はどうやら役所横の広場。
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・・・っつーことは、あの侍はもしや?!!
よし、帰りに拝みに行くぞ。
 
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癒しスポット(?)隅田公園から眺める紅葉とスカイツリー。
秋ですな。
 
案内板を見ると、すぐ近くに「撫牛」で有名な牛島神社があるということなんで、お参りしていくことにした。
この辺りはちょっと横道に入ると、如何にも下町の佇まい。
 
牛島神社は平日の昼間だからかな、ヒッソリ静まりかえっていた。境内の片隅で、ブチ猫とトラ猫が睨み合っている。(写真に収めようとしたが、失敗。笑)
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この子が文政8年頃に奉納されたという有名な「撫牛」。憂いを秘めた慈悲深い表情に見えるのは自分だけではないらしい。
目が悪いから眼を撫でさせてもらったが、ここは頭を撫でるべきだったか・・・?
 
牛くんとバイバイしたあとは、ひたすら歩く。
ゆったりと波打つ大川(子供の頃、江戸が舞台の時代劇を結構見ていたせいか、今でも「大川」と呼んでしまう・・・)の川面がキラキラと陽光を反射するのを眺めていると、忘れかけていた昔のことを思い出せそうな気分になる。どことなく懐かしいんだよね。「帰りたかねえなあ」と思いつつ、どれほど歩いたか・・・。
 
ようやく右手に寺の裏門が。表札は「牛頭山弘福禅寺」とあるが、ここから入ることはできないようだ。右折、右折で表に回る。
 
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あろうことか「ぐふくじ」は工事中だった。
何故あんな足場が組まれているのか寺務所で聞いたら「実は屋根瓦が落ちてしまって・・」とのこと。年内には工事が完了するそうだ。確かに年末年始には間に合わせたいよね(笑)。
 
七福神巡りにやってきたと思しきツアー客と一緒になった。隅田川七福神のうち「布袋尊」が安置されているのが、このお寺と聞いている。布袋さまっていうのはもともと実在の禅宗の坊さんで、あの大きな袋から自分の財産を出しては困ってる人にじゃんじゃん分け与えたと言われてる太っ腹(文字通り^^;)の人だ。黄檗宗(禅宗)のお寺だから布袋さまなんだろうね。(たぶん。)

ツアーの皆さんは、殆どが定年過ぎの、人生の大先輩といった雰囲気の人ばかり。
ガイドさんが「布袋さま」や「咳止め」の話と一緒に「このお寺は勝海舟が若い頃、禅の修行に励んだお寺でして・・・」なんて話をしている。そうだよな、この辺りは勝さんの故郷なんだ。(ヤバい・・何だか聖地巡礼の様相を呈してきた^^;)
 
勝さんも座禅初心者の頃は「銭のことやら、女のことやら、うまいもののことやら」(「氷川清話」)いろいろ考えて心がどっかに飛んじゃってる連中の一人で、そういうヤツは竹篦で叩かれると吃驚して転げるのだ、って話をしてたわな。 (「女」>>>「うまいもの」だろうよ、あの人は。)
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本堂から撮影。どことなく支那風の屋根の門構えは、いかにも黄檗宗の禅寺といった印象だ。
 
別に自分は巡っちゃいないが、七福神巡りのスタンプを手帳にひとつ。
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お参りを済ませた後は、口内炎やら肺炎やらで酷い目にあった人のために寺務所で「せき止飴」(300円也)を買い、二つめのミッション終了。
 
川沿いの道をてくてく戻ってくると、例の痩身の侍。
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隅田川の河口の方角、遙か海の方を向いて立っている。羽織袴を向かい風に靡かせてるとこが「海の男」っぽい。

彼が本日「二人目」の銅像。
こっちは日本一の犬嫌いさんだ。
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2003年に有志の手で建てられた勝海舟之像。
 
生粋の江戸っ子で、江戸や東京の人々のために一生懸命働いた人なのに、これまで全身像のひとつも建たなかったというのが或る意味スゴい。以前「昔銅像を建てよう運動に猛烈に反対する人たちがいて、その理由が『自分の屋敷に妾を囲っているようなとんでもない色男なんか拝めるか!』というものだった」という嘘みたいな話を読んだことがあるぞ。

台座には「勝安芳」とある。明治になってから名乗った名前だ。「安房守」を案外気に入っていた先生が「安房」同様、「アホウ」と読めそうな名前を考えたんだよね。まあ、どうせ明治に入ってからも「安房さま」と呼ばれ続けたわけですが。

真下から拝むと、こんな感じ。
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ふむ、なかなか精悍な印象ですな。

そして、勝先生の指さす方向には・・・

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結局、金のう○こ。
 
先生と別れて向こう岸に目を遣ると、水上バスが停泊中。今度来たときは、これに乗るか。
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吾妻橋の欄干(台東区側)から撮影。
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名物のスカイツリーと金のう○こが一緒に収まる絶景ポイント(?)を発見して、すべてのミッションが完了。

余談だけど、本当は言問橋の上からならスカイツリーが正面から撮影できる筈なんだ。
でも、どうもそんな気にはなれなくってな・・・。
あそこは戦前からある橋で、戦災の痕跡が生々しすぎる。だって焼け焦げた跡とかが残ってるんだよ。「橋」が、じゃない。「人間」が、だ。
 
川のそばを歩きながら「この街に住んでみたい」なんて思っちゃったけどさ、街を愛してそこに暮らすなら、自分も一緒に重たい過去をも背負っていく覚悟が要るような気がした。
 
で、せっかく来たから浅草寺へ。
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この門とでっかい提灯を寄贈したのは、あの松下幸之助さん。
1960年、病気になったときに浅草寺にお参りをし、治ったお礼に寄付したんだって。
提灯の後ろに名前があったから撮影しようと思ったんだが・・・ケータイのバッテリーが残り少なくなってきたので、写真撮影はここまで。
 
お参りの帰りに黒コショウ煎餅と人形焼(粒あん入り)を買って、ツアー終了。
 
寺院、神社、銅像、墓、石碑、オブジェ、そして塔。
人の心というものは形あるモノを求めてしまうものらしい。 
まあ、それも仕方ないのかも知れない。確かに「銅像を建てたとて、それが何だい」なんだろうけどね。
 
本日の歩数:15527歩。

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2010年12月 1日 (水)

銅像は口をきかないよツアー@上野・浅草・其の壱

先週、都内某所まで行く用事があったので、そのついでに上野~浅草方面を歩いてみることにした。年齢ヒトケタの子供の頃に訪れて以来、何となく平日の上野公園や隅田川のほとりの明るく開けた雰囲気が気に入っている。
 
ただ何の目的もなくぶらぶらするわけにもいかないので、今回は
①上野公園の西郷どんに会いにいく。
②咳の病の快復を願って「ぐふくじ」(=弘福寺)でお参りをする。
③スカイツリーの写真を撮る。
④通称「金のう○こ」を間近で見物する。
(そして、できればスカイツリーと金のう○こが一緒に写真に収まる「絶景スポット」を見つける。)
・・・という目標を設定してみた。

現地情報は殆どゼロ。とりあえずJR上野駅と地下鉄銀座線・浅草駅で下車することは決まっている。昔聞いた「弘福寺は吾妻橋を渡って川沿いを上流のほうに歩いていくと右の方に見える」というアバウトな情報を頭の片隅に置きつつ、駅構内の案内と現地の観光案内の看板だけを頼りに、とりあえず歩いてみることにした。
 
ということで、まずは上野公園へ。
そろそろ昼時という時間帯、天気が良いので観光客や散歩に来てる近所の人と思しき人々で賑わっておりました。
  
灯りの消えた真っ昼間のイルミネーション。手前に座っているのはパンダらしい。これも上野ならではですな。
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そして遂に日本一の愛犬家を発見。
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雨の日も風の日も、そしてこんなお天気の日も、四六時中一緒にいる西郷どん&愛犬ツン。
上野には何度も来ているのに、実は今回が初対面。一度会ってみたかったので、ちょっと感激だ。西郷どんのほうの作者(ツンの作者は別)は、美術の教科書にも載ってる高村光雲。
 

「西郷の銅像を上野に建てたとて、それが何だい。銅像が大きに有り難うってお礼を言うかい。へん、銅像は口をきかないよ。」っていう某江戸っ子爺さんの台詞がチラッと浮かんで、気分はすっかり明治31年に。
 
  
台座の下には、こんな碑が。
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西南の役の後国賊となってしまった西郷どん。その後友人たちの活動が実って名誉回復。嫡子の寅太郎さんが天皇陛下の御手許金で洋行させてもらえることに決まったんだ。このときは吉井友実さんら同郷の旧友たちが、同じく名誉回復運動をやってた勝さんとこに相談に行き、勝さんが陛下の侍従をやってた山岡さんに掛け合って有栖川宮さんに話を付けてもらったところ、死んだ西郷どんのことを結構気に入っていた陛下が「それならこっちでお金を出して寅太郎を陸軍の修行に出してやることにしようか」と留学を決めてくれたらしい。(西郷どんは陸軍大将って地位だったから、寅さんも陸軍なのだ。)これが明治17年の出来事。

石碑には、銅像はその吉井友実さんが中心になって明治31年に建てられたものだ、という内容のことが書いてある。銅像除幕式は12月、恰度今頃の季節だ。寒いのに式に招待された勝さんは既に76歳。「銅像は口をきかないよ」という、江戸っ子らしい悪態をついていたのが式の数日前。

そんなことを知ってか知らずか、平日の真っ昼間だってのに西郷どんの前には常に人影が。ううむ、やっぱり人気者なんだね。 
 
これにて最初のミッションは完了。

西郷どんを拝んだ後は、上野戦争で亡くなった彰義隊の皆さんの墓にご挨拶。(これは流石に写真におさめる気にはなれず。) 新しい花が供えてあったのが印象的。 
あまり大きくもない墓石には旧幕臣・山岡鐵太郎の書(如何にも鐵つぁんの字って感じなのが興味深い。笑)による「戦死之墓」の一言だけ。「彰義隊」の名前はナシ。そうか、これが「賊軍」ってヤツか・・・。

最後に寛永寺清水観音堂で手を合わせて、上野を出発。
 
銀座線に乗り換えて浅草で下車。
4番出口から地上に出ると、吾妻橋の赤い欄干がお出迎え。スカイツリー効果なのか、結構な人出だ。
画像は橋の上から眺める隅田川。流れはゆったりと海へ注ぐ。

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橋を渡り終えると、墨田区の観光案内所が。

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いいねえ、北斎。大好きなんだが。

てことで、とりあえず北に向かって出発進行。こういうイイカゲンな観光客のために(?)観光案内所があるんだろうが、敢えて勘と川沿いの案内図だけを頼りに「ぐふくじ」まで行ってやるぞ。

 
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続きは明日。

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ハンドルネームを変えるよ。

いきなりだけど某所で使ってる「みろく。」って名前を、ここでも名乗ることにしたよ。
ブログ始めたときにブログ用ニックネームとして「りんぞぅ」ってのを思いついたんだが、親しい人のペットの名前を適当に組み合わせたという適当さ加減全開な感じがちょっとイヤになったってのもある。ちょっと考えてみると北方を探検しそうな響きの名前だしね・・・(爆)
 
「みろく。」の元ネタは「弥勒」じゃなくって「ミロスラフ・クローゼ」。
ポーランド系ドイツ人サッカー選手ですな。1978年7月生まれの。
 
好きな選手だが、大ファンというわけでもない。
顔が似ているというわけでもない。 
 
それなのに何故この名前にしたかっていうと、単に「親しみを覚えるから」。
他人に言わせりゃ、彼と私は「歩き方」が似てるんだとさ(苦笑)。
 

 
・・・ということで、改めまして「みろく。」でございます。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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