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2010年12月 4日 (土)

銅像は口をきかないよツアー@上野・浅草・其の弐

上野浅草ツアー(違)レポ、続き。
(前回のエントリーの最後に「続きは明日」とか書いておきながら、昨日も一昨日も全然作業が進まず。笑)
 
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通称「金のう○こ」の前を通過。
アサヒビール本社ビル横の「スーパードライホール」。
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つーか、このオブジェ。
怪しげな形状ですが、う○こを象ったもんじゃありません。
こいつの名称は「フラムドール」、金の炎を表したものであります。
当初は「3段重ね」になる予定だったらしいけど、ちょっと高すぎるってんで1段だけになったんだったっけ。
作者はパリ生まれのフランス人、フィリップ・スタルク。
  
建設途中のスカイツリーを右手に川沿いを進んでいくと、此処はどうやら役所横の広場。
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・・・っつーことは、あの侍はもしや?!!
よし、帰りに拝みに行くぞ。
 
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癒しスポット(?)隅田公園から眺める紅葉とスカイツリー。
秋ですな。
 
案内板を見ると、すぐ近くに「撫牛」で有名な牛島神社があるということなんで、お参りしていくことにした。
この辺りはちょっと横道に入ると、如何にも下町の佇まい。
 
牛島神社は平日の昼間だからかな、ヒッソリ静まりかえっていた。境内の片隅で、ブチ猫とトラ猫が睨み合っている。(写真に収めようとしたが、失敗。笑)
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この子が文政8年頃に奉納されたという有名な「撫牛」。憂いを秘めた慈悲深い表情に見えるのは自分だけではないらしい。
目が悪いから眼を撫でさせてもらったが、ここは頭を撫でるべきだったか・・・?
 
牛くんとバイバイしたあとは、ひたすら歩く。
ゆったりと波打つ大川(子供の頃、江戸が舞台の時代劇を結構見ていたせいか、今でも「大川」と呼んでしまう・・・)の川面がキラキラと陽光を反射するのを眺めていると、忘れかけていた昔のことを思い出せそうな気分になる。どことなく懐かしいんだよね。「帰りたかねえなあ」と思いつつ、どれほど歩いたか・・・。
 
ようやく右手に寺の裏門が。表札は「牛頭山弘福禅寺」とあるが、ここから入ることはできないようだ。右折、右折で表に回る。
 
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あろうことか「ぐふくじ」は工事中だった。
何故あんな足場が組まれているのか寺務所で聞いたら「実は屋根瓦が落ちてしまって・・」とのこと。年内には工事が完了するそうだ。確かに年末年始には間に合わせたいよね(笑)。
 
七福神巡りにやってきたと思しきツアー客と一緒になった。隅田川七福神のうち「布袋尊」が安置されているのが、このお寺と聞いている。布袋さまっていうのはもともと実在の禅宗の坊さんで、あの大きな袋から自分の財産を出しては困ってる人にじゃんじゃん分け与えたと言われてる太っ腹(文字通り^^;)の人だ。黄檗宗(禅宗)のお寺だから布袋さまなんだろうね。(たぶん。)

ツアーの皆さんは、殆どが定年過ぎの、人生の大先輩といった雰囲気の人ばかり。
ガイドさんが「布袋さま」や「咳止め」の話と一緒に「このお寺は勝海舟が若い頃、禅の修行に励んだお寺でして・・・」なんて話をしている。そうだよな、この辺りは勝さんの故郷なんだ。(ヤバい・・何だか聖地巡礼の様相を呈してきた^^;)
 
勝さんも座禅初心者の頃は「銭のことやら、女のことやら、うまいもののことやら」(「氷川清話」)いろいろ考えて心がどっかに飛んじゃってる連中の一人で、そういうヤツは竹篦で叩かれると吃驚して転げるのだ、って話をしてたわな。 (「女」>>>「うまいもの」だろうよ、あの人は。)
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本堂から撮影。どことなく支那風の屋根の門構えは、いかにも黄檗宗の禅寺といった印象だ。
 
別に自分は巡っちゃいないが、七福神巡りのスタンプを手帳にひとつ。
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お参りを済ませた後は、口内炎やら肺炎やらで酷い目にあった人のために寺務所で「せき止飴」(300円也)を買い、二つめのミッション終了。
 
川沿いの道をてくてく戻ってくると、例の痩身の侍。
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隅田川の河口の方角、遙か海の方を向いて立っている。羽織袴を向かい風に靡かせてるとこが「海の男」っぽい。

彼が本日「二人目」の銅像。
こっちは日本一の犬嫌いさんだ。
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2003年に有志の手で建てられた勝海舟之像。
 
生粋の江戸っ子で、江戸や東京の人々のために一生懸命働いた人なのに、これまで全身像のひとつも建たなかったというのが或る意味スゴい。以前「昔銅像を建てよう運動に猛烈に反対する人たちがいて、その理由が『自分の屋敷に妾を囲っているようなとんでもない色男なんか拝めるか!』というものだった」という嘘みたいな話を読んだことがあるぞ。

台座には「勝安芳」とある。明治になってから名乗った名前だ。「安房守」を案外気に入っていた先生が「安房」同様、「アホウ」と読めそうな名前を考えたんだよね。まあ、どうせ明治に入ってからも「安房さま」と呼ばれ続けたわけですが。

真下から拝むと、こんな感じ。
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ふむ、なかなか精悍な印象ですな。

そして、勝先生の指さす方向には・・・

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結局、金のう○こ。
 
先生と別れて向こう岸に目を遣ると、水上バスが停泊中。今度来たときは、これに乗るか。
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吾妻橋の欄干(台東区側)から撮影。
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名物のスカイツリーと金のう○こが一緒に収まる絶景ポイント(?)を発見して、すべてのミッションが完了。

余談だけど、本当は言問橋の上からならスカイツリーが正面から撮影できる筈なんだ。
でも、どうもそんな気にはなれなくってな・・・。
あそこは戦前からある橋で、戦災の痕跡が生々しすぎる。だって焼け焦げた跡とかが残ってるんだよ。「橋」が、じゃない。「人間」が、だ。
 
川のそばを歩きながら「この街に住んでみたい」なんて思っちゃったけどさ、街を愛してそこに暮らすなら、自分も一緒に重たい過去をも背負っていく覚悟が要るような気がした。
 
で、せっかく来たから浅草寺へ。
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この門とでっかい提灯を寄贈したのは、あの松下幸之助さん。
1960年、病気になったときに浅草寺にお参りをし、治ったお礼に寄付したんだって。
提灯の後ろに名前があったから撮影しようと思ったんだが・・・ケータイのバッテリーが残り少なくなってきたので、写真撮影はここまで。
 
お参りの帰りに黒コショウ煎餅と人形焼(粒あん入り)を買って、ツアー終了。
 
寺院、神社、銅像、墓、石碑、オブジェ、そして塔。
人の心というものは形あるモノを求めてしまうものらしい。 
まあ、それも仕方ないのかも知れない。確かに「銅像を建てたとて、それが何だい」なんだろうけどね。
 
本日の歩数:15527歩。

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