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2011年3月

2011年3月22日 (火)

計画停電。

3時間といえば、サッカーの試合2試合分だ。
停電の3時間は、長い。 
2回に分けてもいいから、時間を半分にしてほしい。
 
機械やコンピュータは使えないし、暗いし、用心が悪いし、寒いし、断水するし、全然仕事にならない。
 
偶にね、通電していない地域の人の苦労を思え、不満を言っているお前は贅沢だ、みたいな言い方する人もいるけどね、計画停電は一種の「政策」だ。
わざわざ経済活動を停滞させることと、本当に電気や水道が使えなくて日常生活に支障のある生活をする人たちを思いやることと、関係あるとは思えないよ。

なあ、ナ○ツネ。
ドーム使うことに反対してる連中は、不謹慎だからやめろっていう感情論の話をしてるわけじゃないぞ。
節電の話をしてるんだ、このべらぼーが。

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2011年3月21日 (月)

アバターとか、別に興味もなかったんだが。

出来心で作ってみた。今、右端に設置中。
カエル色のスウェットなんか着てるけど(これがデフォルト)、今のところ別に着せ替える気もありません。
 
自分に似てるというのは、なんつーか、つくづく可愛くないね・・・(苦笑)

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震災日記⑨援助も長期戦へ

■被害の規模と範囲があまりに大きすぎて、避難生活は2年ほどになるのでは?という予想が立てられているそうだ。だったら、それを支えるほうも長期戦を覚悟したほうがいい。
 
■東日本に住んでいる人は電気を計画的に使おう。できるだけ一生懸命働いて、税金を払って、募金に参加して、できればいつも通りに消費生活をしよう。(ということは、無駄な買いだめもしないってことね。) 
働くのも、楽しむのも、一生懸命でいたい。働きたくても働けない人、楽しみたくても楽しめない人のぶんまで、精一杯やっていきたい。そうしなければ、日本全体が沈んでしまうよ。
「そういう気分じゃないよ」って人もいるだろう。それはひとそれぞれだと思う。でも、今の自分にできることはそれくらいしかないんだもの。
 
■できることを、それぞれが一生懸命やる。それが偶々関東平野にいて津波にも遭わずに「生かされた」自分のような人間の責任だと思う。
希望の言葉と、一握りの勇気。もし前に進むしか道がないのなら、胸を張って前に進もう。何度も何度も瓦礫の中から光と教訓とを拾い上げて立ちあがってきた、ご先祖たちのようにさ。

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2011年3月19日 (土)

震災日記⑧文明の大仕掛けで

■今原発の前線で戦っている社員やレスキュー隊員、自衛隊員の無事を祈る。彼らの勇気を讃え、感謝するのは当然のこととして、なぜそんな彼らの並はずれた正義感や責任感に頼るしかない状況になっちまったのか、と問いたくなる。
 
■ひとたび制御の利かない状況になってしまったら、或いは壊れてしまって廃止せざるを得なくなってしまったら、今の技術では安全を確保するのが難しいモノがある。「文明の大仕掛けで」電気をおこしながら「その他の仕掛けはこれに追いつかぬ。・・・元が間違ってるんだ」。元ネタは足尾鉱毒事件についての某ご隠居の意見だけど、こういう状況は時代が変わろうと必ずどこかで起こるものなのかもしれない。
おそらく今頃は地獄か極楽で総理大臣をやっているであろう田中正造議員や、彼を100年後に総理にしてやるという請書を書いてやった勝先生が見たら、悲しみそうだねえ。
 
■節電、自然エネルギーの活用、小規模の発電施設の利用。できることは沢山あると思う。これからの日本のエネルギー供給をどうすべきか。これは自分を含む生かされた人たちが負うべき責任でもあるんだわな。

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2011年3月18日 (金)

震災日記⑦電車が動いた

■漸く電車通勤に。「午後は14時から通常の一割程度の本数で運行」って何なのだ。急行列車が一時間あたり4本だとすれば、一割なら一時間あたり0.4本・・・つまり、1時間÷0.4本で・・・2時間半に一本ってことなのか? 一抹の不安を胸に、会社へ。
 
■駅を降りたら、会社のある一帯は停電していた。停電していても電車が動く。有難い。思ったより電車は動いている。良かった。これでガソリンを使わなくて済むし。
 
  
■ふと思う。日本人が比較的原発事故に対して冷静でいられるのは、その怖さが未知のものではなく既知のものだからではないか、と。

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2011年3月17日 (木)

震災日記⑥眩暈の正体。

■12時半頃、停電。16時過ぎ、復電。新幹線動かしてる電気を他に回せねえのか。
 
■地震翌日から、軽い眩暈、軽い頭痛。そして何となく気分が悪い。しょっちゅう揺れているような気がする。なんでも「地震酔い」というものがあるらしい。原理としては船乗りの「陸酔い」みたいなものなんだろうか。
 
■今回の地震は6分間揺れたそうだ。阪神淡路が15秒だっていうから、その24倍か。

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2011年3月16日 (水)

震災日記⑤電力と危機管理と

■今日も自分の住んでいる地域は私鉄が動かない。なぜかJRやメトロが走っていて別のルートで通勤できる可能性の高い区間だけ運行している。見捨てられた気分だ。田舎だからってナメルナヨ(爆)
 
■原発。東電は・・・というより原発を推進する人たちは「○○だから安全」「○○だから影響はない」を連発しているし、これまでも連発してきた。安全面ばかりを強調してきた過去がある。危険性と安全策について真摯な説明をする前に、原発がないと日常生活に支障が・・・って脅しばかり。そういう不信感が、まずある中で、今回。「××だから危険、そのためにこういう対策をとっている。××の際は、このように避難してください」という説明のほうが有益だと思うのだが、やっぱり「安全です」ばっかり。・・・これは邪推だと思いたいけど、どうも最初の対応のグズグズっぷりをみるにつけ、安全よりも炉や安全神話の保全にウエイトを置いていたんじゃないか、という気さえしてくる。
 
■20時過ぎ、都内の妹の家へ。赤ん坊が飲めるようなドリンクやおむつがスーパーから消えたらしい。ウチの近所の店ではまだ品薄ではなかったから、それを自動車で届けることになった。途中で通りかかったガソリンスタンドも品切れで店を閉めていた。イヤな予感がする。

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2011年3月15日 (火)

震災日記④余波

■曇り空に、生暖かい風。気味が悪い。
 
■昨夜遅くなってから東電が計画停電の内容を発表。しかし自分が住んでいる地域がどのグループに属するのか詳しい情報がない。
 
■朝から電車が運休に。偶々家に人手と車があったから良かったものの、この状況が続くと商売上がったりだ。近所のガソリンスタンドは在庫切れで店を閉めた。ガソリンが無くなったのは、買占めをしてるからじゃない。電車が止まってしまったら日常生活が営めなくなるからだ。
 
■東電は節電の協力を呼びかける前に計画停電を発表した。コンビニやスーパーの過剰な蛍光灯や、パチ屋のけばけばしいネオン、会社のビルの殆ど人の通らない廊下のやけに明るい照明、温度の高すぎる暖房・・・節約できる要素は沢山あるのに。せめて「節電しなけりゃ停電するぞ」と脅しでもかけてくれりゃ良かったんだ。
 
■停電のおそれがあるのならスーパーは余計にナマモノを仕入れなくなるだろう。電車が動かなければ、企業は通常の業務ができない。日給や時給で生計を立てている人が多い世の中で、自宅待機や遅刻が続けば、家計が成り立たなくなる人も出てくるだろう。ガソリンがなくなったら移動手段がなくなる人だって大勢いるはずだ。
・・・これでも略奪や暴動が起こらない日本。日本人であることが嬉しくなる一方、助け合いながら地震や台風や噴火などの自然災害を乗り越えてきたご先祖たちのDNAを我々が受け継いでいるのだ、という事実。日本人の苦難の歴史を思わざるを得ない。

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2011年3月13日 (日)

震災日記③恐怖の端っこ

■TVは終日地震の報道。地獄絵図のような光景は、怖すぎてリアリティがない。
11日の長い揺れの中で感じた恐怖はちょっと味わったことのない恐怖だったけど、実は地球最大規模の恐怖の端っこをなめてみただけだったのだ、ということが判った。そのことに愕然とする。
 
■地震の規模M9.0に修正。
 
■昨夜より頭痛。
 
■明日より計画停電。原発以外の発電所のダメージの程度がわからないから、復旧までどれくらいの時間がかかるのか想像すらつかない。
 
■都内某区からの情報では、スーパーの棚から生活必需品が消えているとのこと。物流がストップしている影響が、人口の多い地域では既に出始めているということらしい。
 
■これからどうなるんだろう。明日が無事に来ますように。

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2011年3月12日 (土)

震災日記②翌朝

■ダイヤは完全に「無くなっている」ものの、電車は動いていた。いつも通り出社。
 
■休暇のはずのリーダーが出社していた。早い時間帯に自分を家まで送り届ける決断をしてくれた礼を述べ、渋滞の中を送ってくれた上司にも、道中を心配してくれた上司にも頭を下げる。
 
■昨日の地震の規模、M8.8と発表。
 
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□1823年の今日=文政6年正月晦日、勝先生の誕生日。
去年の今頃はいろいろ辛い時期だったけど、この先生の「語録」に励まされた部分があるなあ・・・。
あのさ、勝先生。今自分に何ができるか、自分の頭で考えて、自分で行動することにするわ。とりあえずは経済を担う社会人として、できる限りいつも通りに働いて、日本のカネとモノの流れを止めないように頑張るよ。自分の力で立てる人は、自分の力で立って歩かなくちゃね。そして東北の街並みが戻ってくる頃にはさ、貯めたお金で旅行にでも行って、東北でお金を使いたい。

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2011年3月11日 (金)

震災日記①おそらく日本最悪の日

漸くメールや電話が通じやすくなってきたので、ブログを再開します。

作者の住んでいる地域は関東の内陸、東京都内まで電車で30分足らずの地域です。
地震そのものによる人的物理的被害は免れました。
今の自分に何ができるのか。いろいろ考えては見たんですけどね・・・その答えのひとつが、まずはこの日起こったことをしっかり胸に焼き付け、決して忘れないことなんだと思ったわけなんですな。
これは、そのための備忘録であります。手元にある手帳に書きこんでいるメモをまとめる内容になります・・・たぶん。(3月17日)
 
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■15時前、勤務中。
いつもなら手元にある残りの書類を眺めながら退社までのスケジュールを自分なりに組み直す時間。デスクから離れようとしたとき、強い揺れが。
「どうせすぐに治まるだろう」と思っていたのに、横揺れが続く。「P波が長いですねえ」と自分。「これは・・・デカイね」と上司。「しかも少し遠いですね」と、自分。ヤバいな、と直感。何度も余震。 
 
■しばらくして揺れが落ち着いたのでTVを付けたら、津波警報。震源が東北の沖だと知る。
自分「何だかこのテレビ、映りが悪くないですか。ノイズばっかりで何が映ってるか全然判りゃしないですけど、地震のせいですかね?」
上司「あ、慌てて点けたからアナログだと思う。別にTVがヤバくなってるわけじゃないよ。」
自分「じゃあ、地デジに直してきます。」
地デジに直した瞬間、画面に映っていたのは、黒い水、水、水・・。空港が飲み込まれ、街自体が押し流される光景だった。絶句。
  
■17時30分過ぎ、早めの退社。電車が動かない。都内のビルで働いてる友達のことが、ふと気になる。
 
■上司が車で送り届けてくれると云う。渋滞はある程度予想できるが、まあ隣の市までだから二時間もあれば行けるだろう、という判断。
 
■国道は大渋滞。家族と連絡付かず。北へ向かう対向車線は一応流れている。
 
■2時間経っても市内から抜けられない。昼に食べ損ねたチョコレートの最後の一個を上司にあげる。定めし空腹だろう。北上する反対車線に宮城ナンバーのトラック。関東に仕事に来ていて良かったね、と思いつつ、東北が心配だろうなと思う。
 
■母からのメールが届く。3時間前に送ったものらしい。自宅のある一帯は停電中と知る。信号も動いていないため、余計に渋滞していると見た。
 
■21時。途中停電している箇所もちらほら。徒歩で帰宅するなら時間的にリミットか。国道沿いのカフェで休憩を取り、ここらまで来れば何とか土地勘も働き、危険な個所も判断できるからという理由で徒歩で帰ることにする。お互いに道中の安全を願う言葉を交わして、上司と別れる。
 
■父と連絡が取れる。国道を歩いて向かっていることを伝える。自宅付近が真っ暗で危険、車でそちらに向かう、途中で拾ってやる、とのこと。
 
■21時30分、漸く市の境を超える。
 
■22時前、父の運転する車に拾われる。助手席に母。
 
■帰宅。停電、断水。
 
■停電なのになぜかガスは使えるとのこと。電気制御の安全装置が働かないというリスクはあるが、ガスで湯を沸かし、何かあったときのために、と買っておいたカップめんにお湯を注ぐ。2食を3人で食べる。
 
■余震が怖いが、懐中電灯の電池もあまり残ってないので蝋燭を使うことに。蝋燭は趣味で買ったアロマキャンドル。緊急時なのに、妙にいい匂い。
 
■水も出ないから、緊急時のために捨てないでおいた風呂の残り湯をトイレ用にバケツに汲み、風呂に入る代わりにボディシートで身体を拭いて、就寝。なかなか寝付かれない。明日の弁当はどうしよう。電気が通らないと作れないし、コンビニもおそらく何も残っていないだろうし。
 
■やっと眠りに就いた真夜中1時40分頃、家中の電気がいきなり点灯。電話の音声案内が喋り出した声で目が覚める。漸く電気が通る。

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2011年3月10日 (木)

気のせいか。

年々、メディアでの扱いが小さくなってる気がする。
 
今日は「東京大空襲」の日なんだが。
 
あの日の痕跡が生々しいコトトイバシの上で、大はしゃぎでスカイツリーを撮影してる現代人は、過去のことなんか知らなくたって未来に押し流されていくんだよな…。
 
どんな麗しい理由があるにせよ、権力者の都合で民間人に犠牲を強いる為政者は、やっぱ悪だと思う。豊かな国土とコツコツ働く無名の大多数が、国の現在と未来とを作っているんだもの。

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パーフェクトアスタコラーゲン リフター

パーフェクトアスタコラーゲン リフター
コレはもしかしたら効くかも…!
 
と、思いつきで買って飲んでみた。
 
確かに効いた。
 
 
「口内炎」に(爆)
 
先週金曜に会社の飲み会があり、土日も出勤。妙なストレスでビタミンCを消耗したせいなのか何なのか、口内炎が幾つも出来て困っていたところだったんだ。
口内炎の薬を買おうかとも思ったが、美容ドリンクの成分が口の粘膜の荒れに効いても不思議はなかろうと思ってさ…。
 
「キレイとほめられたい」というコピーはだいぶ恥ずかしい。が、就寝前に飲んだら、翌朝口内炎は「キレイ」に治っていた。ホントのところ因果関係は立証できないんだが、まあ、治ったから効いたってことにしておきたいな。口内炎が治っても誰もほめてはくれないんだがね。

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2011年3月 8日 (火)

久々に。

えー、お久しぶりでございます。生きております。
 
当ブログが絶賛放置状態にあったのは、別にブログに飽きたとかネタがなくなったとか(もともとネタ切れ。笑)そういう理由によるものじゃありません。

PC部屋が極寒だからであります。 
 
北向きの寒い部屋にPCがあるので、暖房器具が使えなくなったら最後、おちおちと駄文なんか書いてられんのですわ。
 
で、やっとこさ春の気配。
底冷えがしなくなってきたので、まるで冬眠から覚めた両生類のごとくPC部屋に戻って参りました。

 
更新しない間に、なんか幕末っぽい本も結構読んだし、香水のデータの整頓もしたし、珍しくダイエッターになっちまったりしたので、ネタはそこそこ溜まっております。
 
でも、こんなに放置しちゃったら、もう何から書いていいのかも判らん・・・。

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