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2011年4月

2011年4月28日 (木)

或いは離岸流と放射能。(改題)

「海水浴場が安全だなんて、嘘ですよ。」
 
夏休みを迎える前のある日、大学の先生が言った言葉を思い出す。
 
海には危険な水流というのが二種類あって、ひとつは潮流、もうひとつは離岸流だという話。海に落っこちて潮流に流されてしまったら最後、自力で泳いで抜けるのは不可能だ。だが、よほどの事故にでも遭わない限り、潮流に飲み込まれる心配はしなくてもよい。夏休みを迎えるにあたって気をつけてほしいのは、離岸流のほうである。これは泳ぐのに安全と思われている海水浴場でふつうに発生するものであり、溺死事故の原因のうちでは、かなり多くの割合を占める。
 
「離岸流とは、その名の通り海岸から沖に向かっていく水の流れであり、これに捕まると50メートルから100メートルほど沖に流されます。海に行ったとき皆さんにも是非見てほしいのは、海岸に打ち寄せてくる波の白く泡立つ様子です。白い波が出来るのが数メートルにわたって遅れる場所があります。そこは離岸流が発生している可能性の高い場所であると言えるんですね。そして、離岸流は移動します。さっきまで何事もなく泳いでいた場所で、突然流されることも起きうる。」
 
そして、もし流れに巻き込まれてしまったことがわかったらどうすべきか、先生は黒板を使いながら説明してくれた。
・流れに逆らって泳がないこと。流れの速さはプロの水泳選手よりも速い。逆らうと体力を消耗して数分も経たないうちに溺れてしまうだろう。流れを横断すれば多少は流されても離岸流から抜けられる。
・泳ぎに自信がある人なら流れに乗って100メートル沖まで出てしまってゆっくり戻ってくるつもりでいてもいい。
 
みんな「へえー」とか「ほお」とか言いながら、阿呆になったみたいに口を開けて聞き入っている。いつもは退屈そうに座っている男子学生でさえ食い入るように黒板を見詰めている。
先生は続ける。
 
「離岸流が起こりやすい条件というのがふたつあるので、これは是非覚えておいてください。ひとつは遠浅であること。そしてもうひとつは外洋に面していること。有名な海水浴場でこの条件を満たしているところは結構ありますよね。いいですか、遠浅の海は安全だなんて思わないで下さい。海水浴場が安全なのは、一定の間隔で監視員が目を光らせ、ライフセーバーがいつでも出動できるように待機しているからなんです。つまり誰かが流されることを前提に準備がされているから比較的安全だというだけの話です。皆さんも海水浴に行かれるときは、その危険性と危険な目に遭った時の対処法を知った上で、心の準備をしておいて下さい。」
先生は離岸流の話をそう締めくくった。 

 
危険であることを前提に、それを管理する体制があるからこそ安全が保たれる。
危険を制御しているから安全なのであり、制御できなくなれば危険は危険でしかない。
これは海水浴だけの話じゃない。
 
改めて、安全神話という虚構は怖いものだな、と思う。
原発の近くの酪農場の牛たちをニュースで見たけどさ、何かが原因で制御できない状態になったら速やかに避難しなければならないこと、その避難生活は長期に及ぶ可能性があることを前提に対策を練ったり避難訓練をしたりしたことがあったのかな、と思った。
そのときには人も家畜たちも安全などこかに逃げなくちゃいけない。そんなことはちょっと考えればわかることだけれど、実際のところ今回牛さん豚さんたちは避難できなかった。
 
よく何かのリスクについて警鐘を鳴らそうとする人に向かって「人々が混乱するから恐怖心を煽るようなことを言うな」とか言う人もいる。それどころか当事者のくせに「縁起でもない」と言って耳を塞ぐ人さえいる。前者は人をナメ過ぎているし、後者は真摯さに欠ている。
これまで「原発は安全」「原発はクリーン」(あのぅ、核のゴミはどうするんでしょうか)の一点張りだった人たちは、一次産業の盛んな地域に原発を作ることに伴うリスクをどう管理するつもりだったんだろう。今更ながら、そんなことを思ってしまったよ・・・。

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2011年4月25日 (月)

「JIN-仁-【完結編】」第二話

「JIN」第二話です。
 
そろそろ操練所も閉鎖かあ。
もうすぐ勝先生が愛弟子・龍馬を、第一話で仁先生に助けられた西郷吉之助どんに託して、切腹覚悟で江戸に帰る頃だ。
ここで脱幕(?)せずに処分を受けるのがリアル勝先生の素敵なところだよ。「幕府なんざ潰れたって構わねえ、いやサ潰れねえと嘘だ」と思ってる癖に、自分はあくまで徳川の家臣だと思ってる。
もし宜しければドラマの中でも元治元年の吉之助vs麟太郎、記念すべき初対面のシーンなんか用意してくれたら嬉しいのに。・・・全然期待はしてないけど。
 
  
■やってないことを証明するのは難しい。
だーから冤罪事件は無くならんのだよ。「自分の力をお上に認めさせるために、わざと宮さまの命を危険に晒したのだ」という、お付きのオバチャン(?)の主張を否定するのは簡単なことじゃない。
ついでに一番の敵は無知と恐怖だ。良順先生がいくら「もし仮に菓子に砒素が仕込まれていたのだとすれば、症状が出るまで時間がかかりすぎる」と科学的根拠を述べたところで、聞く耳を持つ者がどれだけあるか。こういうことって世の中には結構あるよね・・・。
 
■愛≠執着心。
ずっと変わらずにいてほしい。ずっとそばにいてほしい。親子でも、恋人でも、友人でも、人はそう願うものだ。でも、その「永遠を願う思い」というのは一体誰のためかって言ったら、大切な誰かのためではなく、結局自分自身のためだったりするんだねえ。
咲さんは先生を未来に戻してくれと祈った。大切な人を永遠に失わないために、その人との現在の関係を失うことを願わなくてはならないことも、人生にはあるのかもしれない。
  
■牢屋のリンチ。
新入りは必ず受ける洗礼ですな。牢名主どのの歪んだ笑みが怖い。黒船が来る前、高野長英先生が牢にぶち込まれた際、病人を看てやることで囚人たちの信頼を得た、というエピソードを思い出した。となると、やはり仁先生も自らの医術で運命を切り開くのか・・・? 「こりゃ牢名主を病気にでもしないと助からんぞ、先生」と思っていたら、あれれっ・・・!?(次週につづく。) 
 
 
暫く日曜になると朝から脳内でドラマのOPが流れ続ける事態が続くんだろうけど・・・毎週日曜は仕事なんだよな。集中力が削がれるだろうが。
 
また一週間、頑張ろうっと♪

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2011年4月23日 (土)

ちょっと責任の話。

シカト。 
 
十点を意味する花札の鹿さんの絵がプイっとそっぽを向いてるから、知らんぷり=鹿十(シカト)なんだが、別に花札の話じゃないよ。
今、ちょっと話題になってることがある。
 
それは、夜のニュースで見た避難所のご夫婦(特に女性のほう)と総理大臣とのやりとりについて。話題に参加していた人みんなが「あちゃー・・」と思ったシーンだ。
TVのモニターの向こうの出来事だから詳しいことは知らないけれど、もし総理が衝立の向こうの人が立ちあがって声をかけてきたのに行っちまいやがったというなら、それは間違いなくシカトだろうね。
 
あれを見てたら自分が中坊だったころのことが蘇ってきた。
 
中学一年の夏の初め。
ある朝行きたくもない学校に行ったら二つ上の学年の先輩たちがコソコソと、だがわざとこっちに聞こえるように話をしていた。  
「あの子は先輩をナメている。昨日の夕方、○○の前で挨拶もせずに素通りしていった。生意気だ。」
そんな内容でさ、どうやらオイラの話をしていたらしい。
思い当たることと言えば、確かに昨日の下校中、植え込みの陰に誰かがいたような気がしたよ。でも別にわざわざ確認に行く理由もないから普通に通り過ぎたんだ。
 
知らない上級生に「生意気」だと言われる筋合いはないし、だいたい用があるならそちらから声をかけてくればいいだけの話だ。あの人たちは下級生が飼い犬のように駆け寄ってきて頭を下げてくるのを望んでいるだけで、何かを伝えようとしていたわけではないに違いない---。
 
自分はひとりでプンプンしていたが、先輩たちは悪口を言っているだけで手を出してくる気配はなかったから、ただ放っておいた。なぜか何の接点もない先輩たちから「生意気そう」「髪型が気に入らない」「態度が可愛くない」といわれることが多かったから、そういうのは慣れてたってのもある。
そして思った。「あの人たちだって、去年や一昨年は上級生たちに押さえつけられていたに違いない。また今頃の時期は高校受験でストレスも溜まってるだろう。あまり強くもない運動部で最後の大会に向けて無理な練習をしている人たちもいるだろう。一年坊主の自分は彼らから見れば極楽とんぼに見えるかもしれないなあ。」
自分は先輩方のストレスに対しては何の責任もない。でも、来年入ってくる自分の後輩たちのストレスの素になるようなことはしちゃいけない。それは自分の責任だ--- そんなことを考えながら、中学一年を過ごした。
 
まあ、避難所の光景とは直接関係のない話だけどね・・・。
  
とりあえず総理大臣をはじめとする現政権の皆さん。その他の偉い人たち。
現在起きていることについては、あなたがたに責任のない問題もあるでしょうよ。
過去の責任を取らなくてはならない人たちが自分からノコノコ這い出てきたりするわけがないから、批判に晒されながら理不尽だなあと思うことも多々あるでしょう。
でも、絶対に現状から目を逸らさないでね。
あなたがたには未来に対する責任があるんだから。
 
そして、あの猛抗議の女性を含めて、今生きているすべての人に未来に対する責任はある。
それぞれが責任を持ってやるべきことをやる。できる範囲で、精一杯。皆が力を発揮するように、お互いにプレッシャーをかけあい、お互いが補いあう。見て見ぬふりはしない。「日本はひとつのチームなんです」なんて言葉も聞くけどさ、強いチームはそうやって勝ち上がっていくもんだ。

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2011年4月22日 (金)

「京都牛若納豆」

「京都牛若納豆」
スーパーで納豆を買ってきた。
 
その名も「京都牛若納豆」。
「京都」と「納豆」、「牛若」と「納豆」。ハイパーミスマッチなネーミングだ。
 
この商品、(株)森口加工食品ってとこが作ってるそうだ。創業は明治10年、西南の役の年。京都市の牛若町ってとこに会社があるから「牛若納豆」なんだとさ。
 
京都だからって昆布出汁の効いた薄味のタレを思い浮かべていたが、意外にも味醂の味の強い甘めのタレだった。若干とろみがあるので、小粒の豆ともよく絡む。
で、思った。
「コイツ、西の味じゃねぇじゃねえか」(←江戸風味)
東から来た人が「なんだ、京にぁ納豆もねえのか!」って店を始めたのかねえ。
 
そうそう、小さめのパケだから、二倍サイズの「弁慶納豆」を作っても売れるんじゃないか。
 
 
 
…幕末明治祭真っ最中な自分にとって「牛若」と云えば「あの御仁」。「キレイで細オモで小さくて」胡散臭いことこの上ない幕臣Kさん、ありゃどう考えても猛毒の牛若丸だよ…。間違っても可憐な美少年キャラじゃねえわ。

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2011年4月21日 (木)

休日の戦利品。

休日の戦利品。
火曜日。大雨の後、切れ切れの黒い雨雲を染めるオレンジ色の夕焼け。気味が悪い。玄関から寝室に直行し布団かぶって寝たいほどクタクタだったのに、夕食後に観た某鑑定番組に持ち込まれた「高橋泥舟の書の屏風」のせいで徹夜ハイのような状態に。オカゲで寝つき悪し。翌水曜日は休日。いつもなら会社に着いてる時間に起床。春とは思えない冷たい北風の中、近所の薬局で買ったのは、何故かシーブリーズのデオ&ウォーター(寒)。
 
定番「スプラッシュマリン」と、お試しで買ってみた「シトラスフルーティ」。去年まであった「シトラスムスク」は今年から無くなっちまったらしいや。まあまあ好きだったのに。因みに去年出た「シャイニーアクア」は自分にとっては失敗で、爽やかな筈のオゾン香が自分の肌に載ると生臭くなっていけなかった。
 
この商品だけで体臭が十分に抑えられると云うのは疑わしいが、こいつを朝や風呂上がりに使うとヒンヤリ気持ちが良いのと、肌のベトつきが抑えられるのでかなり気に入っている。
 
そういや元祖「シーブリーズ」って、明治35年(=1902年)生まれなんだよね。…ちょっと萌えるわ(笑)

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2011年4月20日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」第一話

子供のころから「流行」というものは疑ってかかるべきものであり、警戒すべきものだった。
子供のころからテレビドラマを真面目に観た記憶なんて殆どない。
そんな自分が何故か大ヒットドラマを楽しみにしている。この状況、なんだか居心地が悪い。
 
つーわけで、「あの江戸が帰ってきた」。
2話分しか時間を取れないところに3話分ぶち込んだような展開だったが、まあ幕末文久四年→元冶元年の慌ただしさそのままだと思えば問題ないか。ただ盛りすぎるとテーマが絞れなくなるから、このテンポで話が進むのは今回だけであってほしい。勿論歴史物として観るとツッコミどころもそれなりにあるんだが、単なる時代エンターテイメントなのだから、そこを突っ込むのは野暮天だろう。
 
てなわけで、以下雑感。 

■「神」って何だ。
「天」とかのほうが日本っぽくて好きだが、まあいいや。ここでは人の運命や時代の大きなうねりなど、何か大きく抗いがたい力のことなんだろうな。人の意志なんてものは、人の行為なんてものは、その力の前では無力なのか。だとしたら、それでも懸命に生きることの価値とは何なのか。…これはドラマのテーマというより、人間の普遍的なテーマだね・・・。
 
■象山先生。
本日のキーパーソンは象山先生と見た。もうね、仁先生に出会うためだけに生き延びたとしか…。
リアル象山先生は、云わば生き急ぎ死に急いだ人だ。ドラマの象山先生は150年後を見てしまったわけだが、そんな彼には時代の流れのスピードがじれったく思えたのかな。早く150年後に追い付きたかったのだとしたら・・・あのエキセントリックさも、「なるほど」なんだよね。

しかし名優・市村さん…ちゃんと服を着ていたシーンが殆ど無かったぞ。ついでに子役の坊やが市村さんに似た雰囲気で面白かった。

 
■西郷吉之助どん。
朴訥で優しく誠実な一面と、革命家としての強さ・大きさが感じられる役作り&演技。近頃の西郷どんの中では一番いい雰囲気かも。これは期待大。
 
■長州藩士・久坂さん。
うっへぇ…まさかの「ひとつになろう日本」的発言。リョウマだってあの人に薩長同盟を示唆されるとは意外だったろ(笑)。
とはいえ「医師」としての視点を前面に出すのは新鮮だった。武士が、特に尊王攘夷派がオール馬鹿という某幕末コスプレドラマより全然いいよ。(去年一年くらいダラダラやってたヤツね。)

■現代的なテーマ。
今回のテーマのひとつは「命の軽重」か。凄く現代的なテーマだが、誰かを徹底的に悪者にしたりせずに描けるのは、現代とは違う価値観で生きる人たちの中に現代人がいるというシチュエーションのドラマだからこそ。
「・・・腹を切らせろ。」の仁先生、いいね。
ときどき豹変するから好きだよ先生。
死ななくてよい人たちを殺した人たちだから死んでもいいという道理はない。目の前に救える命があるなら救うべし。
建前上でさえ命に軽重があるのが当然の時代。武器を持っている者が自分の信念や御家の利益のためなら武器を持たない弱い者を犠牲にするのはやむを得ずと思っていると思われても仕方ない人たちに向かって、現代人の価値観丸出しで正論を吐く先生がカッコイイのだ。
あの時代、「武器を持たぬ人たちを権力側の都合で苦しめる者は全て『賊』だ」「天下を取る(or守る)ことしか考えていない連中の政府なんぞに正当性はない」と本気で言ってた人がどれくらいいるのかね。
(幕府の勝さん&大久保さんコンビくらいだと思うよ…。)

 
■帰ってきた師弟コンビ。
本物の坂本龍馬もあんなだったら楽しいな、と思わせてくれる夢のあるリョウマ。本物のようなムダなカッコ良さはないが(失敬)、飄々とした中に知能犯的凄みを覗かせるカラッと軽い勝先生。今度こそ大暴れしてくれよ軍艦奉行。(出世して「並」が取れた。笑)
 
大スクープを話したくて話したくて師匠が手紙を読んでる傍から先を話そうとする弟子。
一応最後まで目を通そうとしているのを邪魔されたくない短気な江戸っ子師匠。
この面白師弟コンビにも別れのときが近づいている。
時間も空間も隔てているはずの二人が同じようなことを言ったり書いたりしているという事実を何度か目にしたことがあるけれど、つまるところ彼らは「その後」も師弟であり続けたんだろうと思う。
リアル勝先生の、あまりにも早く死んでしまった自分より一回りも若い弟子への思いは、いかほどのものだったろう、と考えてみる。
先生は政治や経済、教育などの話はするくせに、あまり愛弟子の話をしない。明朗で多弁だが感情の処理はヘタクソであろうと思われる麟さんが最後まで消化しきれなかった感情のひとつが、リョウマへの思いだったんじゃないかと個人的には思うんだが・・・。
 
■喜一ちゃん、栄さま。
自分は喜市ちゃんの「生きてなきゃ笑えない」で泣くほどナイーブじゃない。つーか、ドラマなんかで泣いたことはない。喜一ちゃんが言ってることも実に正しいと思ったんだが、如何せん表現が陳腐だったかな。が、栄さんの咲さんへの「楽しみにしています」にはグッときた。抑えた演技、そして厳しいセリフの中に溢れんばかりの愛情が垣間見えるようなシーンが個人的には好きですね。
 
■山田先生。
今回もペニシリンを大事に大事に抱えてた山田先生。彼もやるときはやるよ(シャキーン)
 
 
…次回は漢方医の逆襲でも予定されてんのかね。
自分「リョウジュン先生に喚ばれるってったら、来週はお城の中で事件ってことかな」
オトン「イトウゲンボクあたりが怪しくないか」
 
いずれにしても仁先生がピンチに陥るらしいが、陰謀の黒幕よりも誰が仁先生を助けるのかが気になる。先生と親しい幕府の役人といえば「アホウの守」の勝先生なんだろうけど、彼は禁門の変の後に役職をクビになって謹慎処分を喰らっちまうはずだし…。
ううむ、どうなんだ…?! (原作読んでないだけに何もわからん。)
 
---------------------
あ、一応、オフィシャルサイトね。
http://www.tbs.co.jp/jin-final/

 
■追記
曲者(正体は山田先生)に侵入されたとき、仁先生が握りしめてたものって、芋? ちゃんと見れなかったんで、気になる^^;
(つーか先生、イモじゃ武器にはならんだろ。笑)

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2011年4月17日 (日)

「つみネコ」マスコット。

「つみネコ」マスコット。
お久しぶりです。
 
先月終わりくらいから眼精疲労が酷くなりまして、ネット界と疎遠になってました。自分は基本的に瞬発力だけで生きてる(=持久力という概念がない)人間だけに、こうやって何かしら理由を付けてブログの更新をサボタージュするのが習慣化しそうで怖い。イヤだなあ…。
 
画像はガチャガチャの戦利品。人相(猫相)の悪い、ぷにっぷにボディのデブ猫。茶トラやブチなど6種類の柄の他に運が良けりゃ「シークレット」が出る仕様。で、「レギュラー以外なら三毛とか黒とかが出てきたら嬉しいのに」と思いながら200円を投入したら、この三毛猫がごろんと落ちてきた。
 
そういや三毛猫のオスは高額取引の対象なんだよなあ。生殖能力はないけど。(性染色体がXXY) 海外では三毛猫自体が珍重されるらしいが、そんなに珍しい柄なのか。

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