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2011年5月

2011年5月28日 (土)

和風悪夢。

夜。
薄暗い行燈の光。
細長い板を斜めに打ち付けて補強された木戸。
薄暗い土間に置かれた大きな水瓶。
ツギのあたった障子。
いきなり羽交い締めにされる。手足が思うように動かない。
喉元に付きつけられたのは、妖しく光る刃物。
匕首(あいくち)ではない。美しい刃紋の短刀だ。
 
「ここでジタバタしてはカッコ悪いぞ」と思いながらも、恐怖心には勝てなかったらしい。
動悸が激しくなり、胸が痛くなって目が覚めたよ・・・。
 
午前3時。
 
そこから先はあんまり眠った気がしなかった。おかげで、眠い。

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「JIN-仁-【完結編】」第六話:電球だ東芝だ(小躍り)

日曜の20時ごろというのは習慣のようにTVをつけてはいるけれども、決まった番組を観ているわけではない。先週は「秘境家族が日本の家庭でホームステイする」っぽい番組をちらっと見た。
この番組、昔からあるんだろうか。以前、どこか南の国の家族(アフリカ系の顔の人たち)が日本の家庭にやってきて日本人と一緒にいろいろな経験をする番組を観た気がするよ。良く似た家族構成の、ごく普通の日本人の家庭にホームステイ。子供たちが一緒に学校に行ったり、奥さんたちが一緒に家事をしたり、二家族そろって旅行に行ったり。今回もそういう番組かと思って見てたら、15歳(男)と12歳(女)という二人の子供のいる家族を受け入れる日本の家庭は、なぜか年齢一ケタの坊主が3人いるラーメン屋経営の家庭。奥さんは目を白黒させている異国の人たちを尻目に、突然カットしたジャガイモを皿に並べ始め、それを電子レンジへ。火もないのにイモに火が通っているのに驚く異国の人の前で、なぜか得意げな奥さん。今度は何の脈絡もなく突然電気掃除機を出してきて、奥さんは言い放つ。
 
「これ、何だと思います?」
 
自分、ここで思わずチャンネルを変えちゃった。誰に同情するわけでも、誰を責めるわけでもないけど、なんか凄くイヤなものを観た気がしてさ。
 
そんなモヤモヤした気持ちを引きずったまま、21時を迎えた。
 
・・・ということで、今更ながら雑感をば。
前回は途中からしか見られなかったんで、感想文はお休み。第五話は超現代的テーマ「延命とは?」だったかな。
延命のための延命じゃ意味がない。より命の灯を輝かせるための延命なら、それがただの延命でもいいじゃないか・・・というような。サブのテーマは「仕事と家族」かね。
 
■自称・オカダ。
有名エンジニアの田中久重、人呼んで「からくり儀右衛門」登場。今回も良い出会いでした。時代の渦に巻き込まれてしまったら、方向性を見失う。友人が巻き込まれてしまったならば、あなたが道標となり、光となるべし。
 
■ブラック龍馬。
で、巻き込まれているのは勿論龍馬。目的が金儲けなのか、手段が金儲けなのか、微妙なブレが生じているようにも見える。熱病に取り憑かれたように奔走する「死の商人」。武器の密輸=間接的に人の命を奪う行為である、と指摘され、血を流さずして革命はない、って開き直るあんたは革マル派か(笑)。・・・まぁ、リアル龍馬も実際こういうことはやってたからねえ。うーむ、黒いぜよ。
 
■暴力の連鎖。
日本人同士が傷つけあって、その果てに政権を奪取したとしても、そんなふうでしか政権を獲れない政府が上手くいくわけがない。力で奪ったものは、また力で奪われる。また戦が起こる。暴力は、また暴力を生む。・・・とっても現代人っぽい正論を友人にぶつける仁先生。やはりこういうセリフは「現代人」に言わせなくちゃね。某大河のとってつけたような「憎しみからは何も生まれん」より、ずっといい。
仁先生のこのセリフ、リアル勝先生ならあっさり理解してくれるかもな。生命に対する慈愛の情は基本にあるのだけれど、それだけじゃなくって政治的判断の結果として戦を食い止めることを選んだ人だから。彼は負け組や遺族の怨みや憎しみが後の世の新たな紛争の火種となることを恐れていたんだよねえ。政治家は、こうでなくっちゃ。(結局「やっぱり勝さんは偉い」という結論になってしまうオイラ・・・。流石にどうかと思う。)
 
■江戸は俺が守る。
江頭2:50氏の名言「善光寺は俺が守る」じゃないよ。
自身の「日本再生プロジェクト」であった海軍操練所をつぶされた挙げ句に謹慎処分に遭って寝てばかりいる勝先生。自由な弟子を羨ましいと思いながらも、脱幕する気なんざ、これっぱかりもない。曰く「俺がいなくなっちまったら、誰がこの江戸を守るんだ」。
勝先生が明快に主張する民衆保護の思想。幕閣にそれを共有する者が殆どいないことをリアル勝先生は知ってた。「だから俺が天下の首府とその住民の命と財産を守るんだ」ってね。この江戸開城の基本理念をわざわざセリフにした脚本家どの、GJ。
 
■スパイか!?
恭太郎兄さん、龍馬の監視役をさせられちゃうのかな。せっかく蚊帳の外にいたのに時代の渦に巻き込まれちまうぞ・・・。
 
■鹿鳴館ちっく・・・。
野風さんのフランス語がイケてた。
 
 
・・・ラストシーン、龍馬が途方に暮れていた。
血塗れの銃弾を発見したとき、ひょっとして長州の兵隊が仁先生を撃ってしまったかもしれないと思ったのかな。(でも幕府方の兵隊の遺体が空き家に安置されているのを見て、先生が生きていることを悟り、胸を撫で下ろした・・・というふうに解釈したんだけど、合ってる?)
さあ、龍馬。人的被害を最小限にして政権交代させる術は何だ。幕臣のK先生やOさんなんかが教えてくれたことを思い出せ。そして、そこから「船中八・・・(以下略)

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2011年5月12日 (木)

「JIN-仁-【完結編】」第四話

遅ればせながら、第四話雑感。
 
突然ですが、自分は「好きなもの」の話をするのが苦手です。

プレーや生き方がカッコいいサッカー選手、ドラムの音や歌の歌詞が好みのバンド、俳優の演技力や脚本の出来について誰かと話をしてみたいドラマ・・・そして最近ならば、人間として沢山学べる点のある歴史上の個性的な人物たち。そういう話はいくらでもしたいんだけど・・・「そうそう!○○かっこいいよねえ。で、みろくちゃんは誰のファンなの? やっぱり○○みたいな顔が好き?」っていうような凄い鼻息の反応が返ってくると、正直困ってしまう。「あー・・・自分は特に誰が好きとかないです。顔とかじっくり見たこともないし。あ、興味のある人の顔だから興味を持つということはありますけど。」みたいなことを言うのがやっと。

「好き」という感情でテンションが上がる人たちが羨ましいよ。残念ながら自分は盛り上がる人を前に、どうしていいかわからなくなってしまう・・・(泣)。
  
そんな自分は、おそらく「鈍い」。
ある意味「凄い人」であるはずの仁先生に親しみを感じるのは、先生の鈍感さゆえなのかもしれない。第四話を見終えてまず思ったのは、そんなことでした。
 
■川越の奥方様。 
緒川たまきさん・・・実に高貴な雰囲気でしたな。立ち居振る舞いが武家っぽくって良かった。こないだうっかり日曜の20時過ぎにNHK総合にチャンネルを合わせてしまったのだけど、あそこに出てる人たちはお武家の姫には見えなかったね。いや、実際あれが大河だって気付かなかった。「変な時代劇だなあ。服装の雰囲気的には1600年くらいかね・・・現代モノの韓国ドラマみたいな会話してやがる。」と思って暫く眺めてたら、オカンに「これって大河じゃない?馬鹿になりそうだから、こんなの見るのやめなよ。」と言われてしまった。
 
■長州語。
「僕は~であります。」が出ると、嬉しくなっちまうんだが。
 
■伏線。
今回のテーマは「意地」だね。薩摩も長州も自分たちのメンツを守りたくって意地を張っている。傍目から見れば「何やってんだか」と思うようなものでも、それが崩れ落ちそうになってる人を辛うじて支えてたりもするんだよねえ。「そんなものよりも、もっと守るべきものや得るべきものがあるだろう」と思ったとき、人間は意地を張るのに使ってたエネルギーを他のことに向けはじめる。薩長同盟については、なんかそんな感じ。黙ったまま動かない西郷どん、なんかリアルでよい(笑)
もうひとつの意地は咲さん。前回意地を張って(!)先生のプロポーズを断ってしまったことが、今回のストーリーの伏線だったんだねえ。
 
■なぜ咲さんはプンプンしていたのか。
これ、最初全然理解できなくってさ・・・(苦笑)。「ちょ・・先生別に間違ったこと言ってねえじゃん。なんでそこまで怒るの?意味わかんねえし?」って思っちゃった。でも、あのシーンは何となく重要なシーンじゃないかという気がしたから、見終わってから一生懸命考えてみた。
そういえば咲さんは前回、仁先生を助けるために(って言っちゃってもいいか)異人さんのルロンさんと一緒になることを決めた野風さんに「咲さまは先生と幸せになってくれ」と言われて複雑な表情をしていた。野風さんは、この人は自分を心穏やかにしてくれるからというような話をしてたわな。恋を実らせるよりも夫や家庭を持つ幸せを彼女は選んだ。この人を差し置いて、自分が望み通りの幸せを手に入れるわけにはいかない・・・と咲さんは思ったのかどうか。
いずれにしても咲さんは本当は先生と結ばれたいんだ。だとすれば、本当は好きな人に「いい人がいたら結婚して幸せになっていいんだよ?俺に気兼ねすることなんかないんだよ?」って言われてしまうというのは、悲しかったってことなのかな。
まあね、プロポーズからして「野風さん (´Д⊂・゚・。・゚゚・*:.。ウワアアアン」みたいな気持のときに受けたものだし。・・・仁先生並みに鈍感なオイラとしては、ここまで考えるのに3日かかっちまいました。
 
■ところで元軍艦奉行並は?
最近あまり活躍してくれないということ以外で気になることがある。西郷どんや龍馬なんかと比べるとキャラ的に幕末感に乏しいんじゃないか、という気がすることだ。空気が妙に現代的っていうかね・・・。最初は中の人(=小日向さん)の醸す雰囲気のせいかとも思ったんだが、まあ考えてみれば勝先生なんて誰がやっても幕末にどっぷり浸かってる雰囲気にはならない人なんだろうな。
あまり活躍してくれないのは、ドラマの脚本がそのような脚本じゃないからでしょう。
でも、ひとこと言っておくナリ。
・・・力のある藩が手を結び日本国のために政治をする「雄藩連合」の考え方の原作者は勝さんだぞ。シナリオライターは龍馬だけどな。西郷どんが長州と手を結ぶことの必要性に気づくキッカケを与えたのも勝さんなんだからな。
久坂さんの遺志がどうの、っていう創作もいいけどさ・・・もう少し勝麟を大事にしてくれ、とオイラは言いたい(笑)。
 
 
「藩の垣根を越えて、日本のために」と成し遂げられた薩長同盟。この密約が革命の原動力になったのは間違いあるまい。でもさ・・・そうして出来上がった明治政府は、なかなか「藩閥」を超えられなかったんだ。 

 
それはともかく、とりあえずはお初ちゃん(「~け?」「~だべ!」っていうベタベタの関東方言が素敵)の正体が知りたいなあ。第五話に期待・・・と言いたいところなんだが、15日は21時に家に帰れるのかどうかが心配でありんす。

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2011年5月 4日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」第三話

今ウチに一歳児(女子)が遊びにきています。
本日は天気が良いので、子供とその両親は外出。留守のうちにブログの更新でもしちまえ、・・・ってことで、第三話の感想文を書いておこう。
 
牢名主の耳に虫とか痛そうな拷問とかを見ながら、「だから江戸時代はおっかねえんだよ!」という意味不明のセリフを連発してる自分がいた。物語のほうは慌ただしい・・・というか、時間の流れの判りづらい展開。そんな忙しい回であるにも関わらず、自分は掃除やら洗い物やらをしながら見ていたため、途中で大切なシーンを見逃してる可能性大ですわ・・・。
 
 

大牢にぶち込まれた仁先生ですが、自分を消そうとした牢名主の危機を二度に渡って救い、牢内の囚人たちの信頼と尊敬を集めることに成功。先生の偉いところは尊敬されようと思って尊敬されるわけじゃなくって、プロフェッショナルとしての真摯さと人間的な誠実さによるものなんだよね。まあ、尊敬されたい人なんてのは尊敬されません。尊敬されたい人と尊敬される人じゃ、天と地ほどの隔たりがあるように思う。
 
そんな先生のために、娑婆の連中も動いた。
恭太郎さん、龍馬、勝先生、辰五郎親分・・・。その結果一橋公の嘆願書まで登場したが、結局先生を救ったのは、砒素入りの茶が入っていたと思しき茶碗の捜索を願い出た医学館の多紀先生と、それを許した和宮様という形に。発見された茶碗から砒素が検出、その茶がかかったために菓子のうちの一つだけから砒素が出てきたことが証明されたという流れだった。
 
仁先生を乗せたモッコ(?)が通過していくのを眉をひそめて見守るだけの庶民。龍馬は「いつからこの国の人間は恩知らずになったがじゃ」と嘆くが、火の粉を被りたくないが故に危うきに近寄らないのが普通の人間の反応なんだろう。
今の日本、政治家たちですら似たようなことをやってる気がする。大臣たちが叩かれているとき、自分も同じ穴の狢だと思われたくないからって一緒になって叩いてるのが与党の連中だったりするから信じられん。突き詰めれば、いじめられっ子に協力すると自分もいじめられるので一緒に暴行しました、みたいな発想としか思えん。
「おれは江戸っ児だよ。世間の人とはちょうど反対さ。人の悪き時節にはしげしげ行くけれど、その人がもう良くなればちっとも行きやしないよ。」と胸を張ったのはリアル勝先生だが、彼はそう言えるだけのことはやってきた。今の偉い人たちはどうなんだろうねえ・・・。
 
娑婆に戻ってきた仁先生は、「今」を生きていく決意を新たにする。それは今自分が暮らしている江戸で生きていく覚悟をしたということになるのかね。自分のために必死になってくれた人たちに幸せになってもらいたいから、そしてその結果自分がもう見られないかもしれないずっと先の未来がよりよいものになっている可能性があるなら、今を大切に生きよう。・・・で、その象徴的出来事が、咲さんへのプロポーズなんだねえ。断られちゃったけど(汗)。
 
先生からのプロポーズをお断りした咲さんは、恭太郎兄さんの肩で泣いてた。「自分だけが幸せになることはできない」と。それ見てたらさ、もしかして恭太郎さんには幸せな未来なんか待っていなくて、咲さんのセリフはそれを暗示させるものなんじゃないかと勘繰りたくなったよ。・・・そう、舞台が幕末で、恭太郎さんが幕臣だっていうのがね。
 
龍馬はこれから薩摩の厄介になるらしい。医学館の多紀先生に専売特許の秘薬であるはずのペニシリンの作り方を教えちゃうことが日本の医学のためだと悟って行動に出た仁先生のように、龍馬も薩摩だの長州だの言って敵対してる連中を、日本の未来のために協力させようと決意する。
でもねえ・・・あの師弟コンビが活動休止(?)になるのが個人的には残念でならないよ。
自分が身動きが取れなくなる前に(場合によっては切腹かもしれないからってのもある)西郷どんに連絡を取ってくれた勝先生に、弟子の龍馬は「かつぅせんーせぇには頭が上がらんぜよ」と言うが、先生はシレっとしている。薩摩と長州の内訌を治めてやる、と意気込む弟子。それは当然のことだと流しつつ「おいらのことも考えてくれよ、これでも旗本なんだからよう」と苦笑する師匠。そうだよねえ。日本を一つにする=負け組を反体制勢力として排除せず新しい社会にとりこんでゆく、ということも必要なんだ。勝先生自身は龍馬たちが何も考えてくれなくったって自力で生きていけるだろうが、徳川家臣団(←勝先生も恭太郎さんも)をはじめとする武士たちの失業や、その影響をまともに受ける庶民たちの存在を忘れてくれては困るということなんでしょうな。
 
ということで、ドラマもだんだん幕末っぽくなってきたよ。
仁先生の目を通して、江戸庶民から見た時代の転換期の雰囲気が味わえるドラマになることを期待。
仁先生と龍馬との再会を祈りつつ、来週を待とう。

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2011年5月 2日 (月)

原作=遠藤明範 漫画=神宮寺一「幕末めだか組」(講談社コミックス)

帯の言葉をそのまま借りれば「動乱の幕末を舞台に紡がれた青春群像劇、完結!!」。「めだか組」も遂に維新を迎えた。今回は4巻・5巻の個別の感想ではなく「総評」を。(いや、ホントはただの感想文なんだけどね…)
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幕末の神戸村。
そこには「一大共有の海局」という勝先生の夢の詰まった海軍操練所が、奇跡のように、或いは幻のように、だが確かに存在していた。佐藤先生は勝先生の右腕として操練所の事務を切り盛りし、海軍塾の弟子の龍馬はその理念を具体化するために奔走し、伊達小次郎はその後も龍馬と行動を共にした。貴重な経験と人脈とを土産に操練所から巣立っていった学生たちの中には、新時代の日本海軍で活躍した伊東四郎くん(5巻)のような人物もいた。
そんな史実からインスパイアされたこの作品は、主人公である「めだか組」の連中の未来への希望や未来への意志、少年漫画らしい表現をするならば「夢」をめぐる葛藤と努力が縦軸になっている。物語を彩る事件たちはあの時代ならではのものだが、若者たちが困難を試練として乗り越えてゆく過程の中で多くのもの----希望の力、意志の力を獲得してゆく様は、現代を舞台とした学園物と何ら変わらない。
 
隼人は日本一の軍艦乗りになる夢に大きな暗黒の影を落としてきた忌まわしい過去を仲間と共に乗り越えた。自分自身の未来と向き合わずに生きてきた慎三郎は操練所での出会いを通じて希望を見つけた。兄の夢を引き継いだ蘭丸ちゃんは、それを本当の意味で自分自身の目標にした。…迷える若者だった小十郎と研吉は新時代に生きる道を見つけ、作左衛門さんはたぶん「三十にして立つ」勇気と自信をつけたろう。保守的な優等生だった友之進は理屈や偏見を捨てる選択肢を知り、大身旗本の若様・菊之丞は門地や地位とは関係なく生身の人間として人にぶつかってゆくことの必要性を学んだに違いない。伝兵衛は軍人にならないどころか浮き世から距離を置く道を選んだが、若い頃に困難を乗り越えた記憶はどんな道に進もうと必ず人生の糧になる。源八は漫画の登場人物としてはちょいと残念な(?)感じだが、彼はきっと歴史に埋もれ流されてしまう、知恵も力も足りないフツーの人なんだ。残念賞くらいはあげてもいい。谷蔵じいさんが言う。「(操練所が)無うなって寂しい思ても世の中どんどん前へ進んで行きよる。ワシらはその中で生きなしゃあないんや」。ただ生きる。生きることを頑張る。今日を生き延びて、明日また笑おう。美味しいものを食べよう。それでいいのかもしれない。そこに希望があり、意志があるなら。
 
「夢」と一言で片付ける何だかと薄っぺらな気もするが、夢と元気があれば生きていける、というのも強ち嘘ではあるまい。そして困難から逃げずに立ち向かった先に成長がある。
 
…そんなことを考えさせてくれる漫画ではあった。最終話、みんなカッコよく成長してて、何か嬉しかったよ。ファンタジックなエピローグについては、それぞれ好き嫌いはありそうだけれど。
 
で、ここから暫くは個人的に残念だった点を少々。
 
■隼人と、おそらく剣術の師であろう中村半次郎どん(2巻で一瞬だけ登場)との再会のシーンは欲しかったなあ。
 
■操練所閉鎖に至る経緯とその影響は描いても良かったかもね。土佐藩の研吉の出番が増えたかもしれないし。あと勝先生が去り際に学生たちに励ましの言葉をかけるシーンとか、勝先生とリョウマ、佐藤先生なんかが幕閣の悪口を言いまくる場面とか入れられなかったかなあ。操練所の存在意義とその閉鎖が意味するものを際立たせる演出をしたほうが「走り出した夢は終わらない、命ある限り夢は続いてゆく、このはてしない海のように」的なメッセージ(適当に考えたら下手なポップスの歌詞みたいになっちまった。笑)を明確に表現できたんじゃねえかと思う。
 
■せっかく幕末らしい役者が揃ってるんだから、時代背景をもっと詳しく描いても良かったかもね。基本学園物だから別に政治や外交の話なんざ無くったって成り立つんだが、そのほうが主人公たちの身にふりかかる事件に奥行きが出る気がした。それに読者に幕末マニアが含まれることを想定するなら、そのほうが喜ばれるよ。逆に幕末音痴の読者にとっては多少の説明があったほうが親切かなとも思うし。
 
…まあ、月刊誌の企画モノで連載期間が一年、その中で全てを描ききるのはキツかったのかもな。
 
…と、いろいろ注文をつけてみたものの「神戸海軍操練所を舞台にした学園もの」(「あとがき」より)というコンセプト自体が好きだし、青春群像劇の舞台でも見るように楽しめたとは思う。これ、映画化されたら観に行くよ。帆船とか海とか武器とかね、コミック同様に描写が細かかったら萌えるなあ。そんときゃ今回回収しきれなかった細かなエピソードまで回収してほしいと言っておくか。 (勝先生が回収してくれるよ・・・。って言ってみる。)
 
【オマケ】
この作品に登場する幕末キャラクターについて。
 
■勝安房守(江戸)
「おう、面白えじゃねえか」のセリフの似合う校長先生。個人的には困難な状況に直面するとナニゲにハッスルしてしまうとこにシンパシーを感じる。物語の進行の上では火種を抱えてるとこに、わざわざ火を付けにゆく=問題を顕在化させることで解決せざるを得ない方向にもってゆく役回り。教育者としては解決へのヒントは与えるが「てめぇらのアタマ」で考えさせる手法で一貫。自分自身は道に迷ったりはしない。悩むのは交通手段のみ。この部分、ドラマ「JIN」の勝先生と共通してるかな。
 
■佐藤与之助(庄内)
操練所の学生たちばかりでなく、危なっかしい校長と弟分のせいで気苦労の絶えない教頭先生。
最初から最後まで「大人」の役割。めだか組の連中が「バッカモーン!」と雷を落とされる度に操練所が「学校」であることを思い出させてくれた。校長がやんちゃでいられるのは女房役の佐藤先生を信頼してるからだろうねえ。
史実じゃ明治初期に労咳で亡くなってしまうんだが、明治政府から鉄道敷設事業の陣頭指揮を任され、ある時は勝先生に連れられて明治天皇の御前で蒸気機関車や鉄道の説明をしたりetc結構活躍した人でもある。 
 
■坂本龍馬(土佐)
明るく楽しく温かい。大きな体で豪快に笑い、行動力は抜群。脇役のクセに主役たちを食ってしまわないかヒヤヒヤした。一歩引いて物事を俯瞰的に見る師匠とは違い、ずいっと前に出て首を突っ込むタイプ。リアル龍馬もあんなふうに学生たちにちょっかい出したりしてたかもなあ。
 
■伊達小次郎(紀伊)
スカした角だらけの若者だが、才子然としているところが如何にも後の「カミソリ外相」だ。謎のヒーロー的な雰囲気が物語の素敵なアクセントになっていた。
 
■伊東四郎(薩摩)
似た名前の芸能人がいる気もするが、この人は後に日清戦争で活躍。めだか組の隼人の暗い過去と、その克服の象徴のような存在。重厚感のある力強い青年として描かれているが、リアル伊東元帥も海軍の軍人らしく紳士的で部下思いの人だったようです。 
 
…ドラマ「JIN」のせいで、漫画の龍馬のセリフが内野さんの喋りで再生されてしまい、正直参った(笑) 「勝先生」が、「カツセンセィ!」(恭太郎さん風)じゃなくって「かつぅせんーせぇ」みたいな…。あ、ドラマの感想文は今度にします。今日はなんか疲れた。

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追記)
伊東くんの話とかが抜けてたことに23時間後に気付いた。なんか編集途中で送信しちゃったらしい。やっぱ疲れてるんだろうと思うわ。

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