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2011年5月 2日 (月)

原作=遠藤明範 漫画=神宮寺一「幕末めだか組」(講談社コミックス)

帯の言葉をそのまま借りれば「動乱の幕末を舞台に紡がれた青春群像劇、完結!!」。「めだか組」も遂に維新を迎えた。今回は4巻・5巻の個別の感想ではなく「総評」を。(いや、ホントはただの感想文なんだけどね…)
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幕末の神戸村。
そこには「一大共有の海局」という勝先生の夢の詰まった海軍操練所が、奇跡のように、或いは幻のように、だが確かに存在していた。佐藤先生は勝先生の右腕として操練所の事務を切り盛りし、海軍塾の弟子の龍馬はその理念を具体化するために奔走し、伊達小次郎はその後も龍馬と行動を共にした。貴重な経験と人脈とを土産に操練所から巣立っていった学生たちの中には、新時代の日本海軍で活躍した伊東四郎くん(5巻)のような人物もいた。
そんな史実からインスパイアされたこの作品は、主人公である「めだか組」の連中の未来への希望や未来への意志、少年漫画らしい表現をするならば「夢」をめぐる葛藤と努力が縦軸になっている。物語を彩る事件たちはあの時代ならではのものだが、若者たちが困難を試練として乗り越えてゆく過程の中で多くのもの----希望の力、意志の力を獲得してゆく様は、現代を舞台とした学園物と何ら変わらない。
 
隼人は日本一の軍艦乗りになる夢に大きな暗黒の影を落としてきた忌まわしい過去を仲間と共に乗り越えた。自分自身の未来と向き合わずに生きてきた慎三郎は操練所での出会いを通じて希望を見つけた。兄の夢を引き継いだ蘭丸ちゃんは、それを本当の意味で自分自身の目標にした。…迷える若者だった小十郎と研吉は新時代に生きる道を見つけ、作左衛門さんはたぶん「三十にして立つ」勇気と自信をつけたろう。保守的な優等生だった友之進は理屈や偏見を捨てる選択肢を知り、大身旗本の若様・菊之丞は門地や地位とは関係なく生身の人間として人にぶつかってゆくことの必要性を学んだに違いない。伝兵衛は軍人にならないどころか浮き世から距離を置く道を選んだが、若い頃に困難を乗り越えた記憶はどんな道に進もうと必ず人生の糧になる。源八は漫画の登場人物としてはちょいと残念な(?)感じだが、彼はきっと歴史に埋もれ流されてしまう、知恵も力も足りないフツーの人なんだ。残念賞くらいはあげてもいい。谷蔵じいさんが言う。「(操練所が)無うなって寂しい思ても世の中どんどん前へ進んで行きよる。ワシらはその中で生きなしゃあないんや」。ただ生きる。生きることを頑張る。今日を生き延びて、明日また笑おう。美味しいものを食べよう。それでいいのかもしれない。そこに希望があり、意志があるなら。
 
「夢」と一言で片付ける何だかと薄っぺらな気もするが、夢と元気があれば生きていける、というのも強ち嘘ではあるまい。そして困難から逃げずに立ち向かった先に成長がある。
 
…そんなことを考えさせてくれる漫画ではあった。最終話、みんなカッコよく成長してて、何か嬉しかったよ。ファンタジックなエピローグについては、それぞれ好き嫌いはありそうだけれど。
 
で、ここから暫くは個人的に残念だった点を少々。
 
■隼人と、おそらく剣術の師であろう中村半次郎どん(2巻で一瞬だけ登場)との再会のシーンは欲しかったなあ。
 
■操練所閉鎖に至る経緯とその影響は描いても良かったかもね。土佐藩の研吉の出番が増えたかもしれないし。あと勝先生が去り際に学生たちに励ましの言葉をかけるシーンとか、勝先生とリョウマ、佐藤先生なんかが幕閣の悪口を言いまくる場面とか入れられなかったかなあ。操練所の存在意義とその閉鎖が意味するものを際立たせる演出をしたほうが「走り出した夢は終わらない、命ある限り夢は続いてゆく、このはてしない海のように」的なメッセージ(適当に考えたら下手なポップスの歌詞みたいになっちまった。笑)を明確に表現できたんじゃねえかと思う。
 
■せっかく幕末らしい役者が揃ってるんだから、時代背景をもっと詳しく描いても良かったかもね。基本学園物だから別に政治や外交の話なんざ無くったって成り立つんだが、そのほうが主人公たちの身にふりかかる事件に奥行きが出る気がした。それに読者に幕末マニアが含まれることを想定するなら、そのほうが喜ばれるよ。逆に幕末音痴の読者にとっては多少の説明があったほうが親切かなとも思うし。
 
…まあ、月刊誌の企画モノで連載期間が一年、その中で全てを描ききるのはキツかったのかもな。
 
…と、いろいろ注文をつけてみたものの「神戸海軍操練所を舞台にした学園もの」(「あとがき」より)というコンセプト自体が好きだし、青春群像劇の舞台でも見るように楽しめたとは思う。これ、映画化されたら観に行くよ。帆船とか海とか武器とかね、コミック同様に描写が細かかったら萌えるなあ。そんときゃ今回回収しきれなかった細かなエピソードまで回収してほしいと言っておくか。 (勝先生が回収してくれるよ・・・。って言ってみる。)
 
【オマケ】
この作品に登場する幕末キャラクターについて。
 
■勝安房守(江戸)
「おう、面白えじゃねえか」のセリフの似合う校長先生。個人的には困難な状況に直面するとナニゲにハッスルしてしまうとこにシンパシーを感じる。物語の進行の上では火種を抱えてるとこに、わざわざ火を付けにゆく=問題を顕在化させることで解決せざるを得ない方向にもってゆく役回り。教育者としては解決へのヒントは与えるが「てめぇらのアタマ」で考えさせる手法で一貫。自分自身は道に迷ったりはしない。悩むのは交通手段のみ。この部分、ドラマ「JIN」の勝先生と共通してるかな。
 
■佐藤与之助(庄内)
操練所の学生たちばかりでなく、危なっかしい校長と弟分のせいで気苦労の絶えない教頭先生。
最初から最後まで「大人」の役割。めだか組の連中が「バッカモーン!」と雷を落とされる度に操練所が「学校」であることを思い出させてくれた。校長がやんちゃでいられるのは女房役の佐藤先生を信頼してるからだろうねえ。
史実じゃ明治初期に労咳で亡くなってしまうんだが、明治政府から鉄道敷設事業の陣頭指揮を任され、ある時は勝先生に連れられて明治天皇の御前で蒸気機関車や鉄道の説明をしたりetc結構活躍した人でもある。 
 
■坂本龍馬(土佐)
明るく楽しく温かい。大きな体で豪快に笑い、行動力は抜群。脇役のクセに主役たちを食ってしまわないかヒヤヒヤした。一歩引いて物事を俯瞰的に見る師匠とは違い、ずいっと前に出て首を突っ込むタイプ。リアル龍馬もあんなふうに学生たちにちょっかい出したりしてたかもなあ。
 
■伊達小次郎(紀伊)
スカした角だらけの若者だが、才子然としているところが如何にも後の「カミソリ外相」だ。謎のヒーロー的な雰囲気が物語の素敵なアクセントになっていた。
 
■伊東四郎(薩摩)
似た名前の芸能人がいる気もするが、この人は後に日清戦争で活躍。めだか組の隼人の暗い過去と、その克服の象徴のような存在。重厚感のある力強い青年として描かれているが、リアル伊東元帥も海軍の軍人らしく紳士的で部下思いの人だったようです。 
 
…ドラマ「JIN」のせいで、漫画の龍馬のセリフが内野さんの喋りで再生されてしまい、正直参った(笑) 「勝先生」が、「カツセンセィ!」(恭太郎さん風)じゃなくって「かつぅせんーせぇ」みたいな…。あ、ドラマの感想文は今度にします。今日はなんか疲れた。

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追記)
伊東くんの話とかが抜けてたことに23時間後に気付いた。なんか編集途中で送信しちゃったらしい。やっぱ疲れてるんだろうと思うわ。

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