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2011年6月29日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」最終話:生きてるってのぁ、有難ぇなあ。

日々の生活に追われていると、忘れてしまうことがある。
そういうものを思い出させてくれるドラマだったかな。 
 
人は何のために生まれてくるのか。
そして、死んだらどうなってしまうのか。
今ここで生きている意味とは、何だろう。
  
簡単に答えの出ることではないけれど、
仁先生の6年間はそのひとつの答えを象徴的に示してくれたような気もする。
 
今を懸命に生きることで未来の可能性が広がること。
後の世にその存在が忘れ去られてしまったとしても、その人が生きた証は永遠に引き継がれていくこと。
「たとえ見えんでも聞こえんでも、せんせぇの傍にいる。」とリョウマは笑ったが、
我々現代人の中にだって姿を見たことも声を聞いたこともない御先祖たちが生きてるんだよね。
 
このドラマの結末はオリジナルとは違うものらしい。
これには賛否あるんでしょうな。特に原作知ってる皆さんがどう思ったのか気にはなる。
個人的には、咲さんにはもっと仁先生の記憶を残してあげても良かったかな、とは思う。薬を拾った恭太郎さんも。
そのことを示す手紙が橘家に伝わっていて、仁先生の子孫を名乗る仁先生(!)にちゃんと手渡されるとかいう形でも良かったのかな、と。
存在を忘れ去られた幕末のスーパードクターの技術や知識、志だけじゃなく、ちゃんと人間・仁先生を覚えていてくれた人がいたんだ、っていうのもアリかもな、と。
 
パラレルワールドの考え方についても賛否あるとは思うけど、これは我々が知っている過去や現在にも無数の可能性があり、このドラマの結末についても他の可能性も考えられるということを示したかったのかな、と思った。
別の仁先生が幕末に帰って咲さんを救い近代化の波に乗って仁友堂を大きくしていく話があってもいいし、現代に戻った仁先生が仕事でフランスに行ったら未来さんにバッタリ出会ったりする話があってもいい。
このドラマはB級SFだから、野口くんが仁先生に説教を垂れながら示してくれたタイムスリップの謎に対する答えにツッコミを入れるのは野暮ってもんなんだろうね。
 
このドラマ、登場人物も魅力的だった。
「ハイ!」「ありがとうございます!」が印象的な仁先生。
満足できる環境でなくても精一杯のことをやろうとする真摯さ、自分の腕を過信しない謙虚さ。プロってこうあるべき、というひとつの手本だね。医師としてはプロの鑑のようなのに、泣いたり笑ったり・・・その素顔の、素直で人間らしいことといったら。
ドジっ子的な雰囲気を醸しながらも芯の強さを随所で発揮した咲さん。強い人だった。(中の人、再来年の大河ドラマも頑張ってください。)
恭太郎兄さんも如何にも若い旗本家の総領という雰囲気が出てて良かった。第十話、最終話は抑えた演技の中に葛藤する気持ちが手に取るようだった。
栄さま。武家の奥方らしく感情を露わにしない演技だったけど、母の思いは十分すぎるほど伝わりました。中の人も綺麗な女優さんなのにさ・・・あの眉毛のないメイクが時代劇っぽくて好感度大。
野風さん・・・あの儚げな感じが、凛とした佇まいが、とても好きでした。
いつも一生懸命な山田先生、優しくて頼りになる福田先生、若くて情熱的な佐分利先生、気高く誇り高い多紀先生、良識的な松本先生、それから偉大な先人・緒方先生・・・お医者さんたちもカッコよかったなあ。
お茶目で優しくて大らかで「本物もこうだったらいいな」と思わせてくれた坂本龍馬。このキャラクターは暗殺されちゃうのがお約束だけれど、初めて「この人には死んでほしくない」と思ったよ。絶命した11月22日の初雪、あれはきっと龍馬がみんなに会いに行ったんだよね。昔のことを思い出す野風さん、空を見上げてしみじみと杯を傾ける勝先生・・・切ないシーンでした。
無口だけど存在感のある西郷吉之助。大きくて強そうなのに優しそうで、もうね、期待通り。他のドラマの西郷どんが思い出せない。ここしばらくは幕末モノの映画やドラマの西郷どんは、この西郷どん以外禁止したいくらいでごわす。
小粒でもピリリと辛そうな勝先生。挑むような上目遣いが頭の良さと剣豪らしい凄味を醸してた。でも口を開けば江戸庶民と同じ早口の巻き舌。明るく、強く、軽やかだ。こういう小粋な勝さんは久々に見たような気がする。
第一話で登場した象山先生も存在感があったね。傲慢で嫌味なだけのキャラクターに描かれたりもする人なのに、エキセントリックに生き急いだ感じが伝わってきて好感が持てたよ。 
 
こんなキャラクターたちにも会えなくなっちまうんだなあ(泣)
 
過去から現在、未来へと繋がる大きな時間の流れの中で出会いと別れを何度も経験しながら
大切なものを繋いでゆく人間の営みについて考えさせてくれた日曜の21時。
遠い未来のどこかで、ふと思い出すかもしれないねえ。
 
生きよう。
ドラマのセリフじゃないけど、生きてるだけで有難い。
生き抜いて、またどこかで会いましょう。
 
 
 
 
・・・なんつって。以上、雑感(別名チラシの裏)でした。
いろいろ真面目に(?)書いてみたけどさ・・このドラマ、ギャグパートも面白くて、それも毎週楽しみだった。

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2011年6月22日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」第十話:人が生きる意味。

第九話は感想文をサボりました。
いろいろ感じるところはあったんだけど、何書こうか考えてるうちに「とりあえず面白かったし、それ以上はどうでもいいや。」という気分に。
前回、ストーリーとは関係ない部分で凄いと思ったのは、脇役のキャスティングの贅沢さ。そして脇役だからといって人物像の造形を雑に済ませていないという点。スタッフの皆さんもいい仕事してるけど、俳優さんが、また凄い。
特に前回目に付いたのは西郷どん。見れば見るほどハマってるね。あと数年間は藤本さん以上の西郷どんは見られない気がするよ。それくらいの存在感。動か静かと言ったら「静」。水か火かと言ったら「火」。理か情かと言ったら「情」。外観が「らしい」というだけでなく、そんな内面を含めた人物像がクッキリと浮かび上がってくる。このドラマに限らず、ドラマや映画の見せ場って登場人物の意見や感情がぶつかり合ったり溢れたりする場面が多いと思う。そういう中では、この西郷どんのような寡黙でどっしりとしたキャラクターはいいアクセントになる。
対照的なのが勝先生か。上と同じような分類をするなら「静、水、理」。西郷どんとは真逆の、さらりとしたキャラだが決して軽薄なわけじゃない。境界線を軽々と飛び越える類の軽やかさ、都会人らしい淡白さ、そして妙な凄みのある冷静さが絶妙だ。幕末ドラマというのは熱がこもって息苦しい雰囲気になったりしがちだけど、こういう冷めたキャラがいてくれると見てる側はホッとするし、何より空気が「締まる」よね。
 
で、第十話雑感。
 
遂に「悪友」リョウマを失ってしまった仁先生。(視聴者である自分も悲しい。ついでに仁先生の「りょぉまさぁん♪」の台詞が聞けなくなるのも。笑) この大切な友人を救うことが自らの使命と思い、そこに自分が幕末なんぞに飛ばされてきた意味を見出そうとしていた先生にとっては、あまりにも大きな喪失だったろう。そこに自らの死の気配。何もかも無意味に感じてしまったとしても仕方ない状況ではある。
心に穴の開いてしまった先生を笑顔で待っていてくれたのは、三隅先生の陰謀のせいで酷い目に遭いながらも希望を捨てずに困難を乗り切った仁友堂のお医者さんたち。牢屋にぶち込まれて心身ともにボロボロになりながらも守るべきものを守りきった山田先生が、仁友堂を畳みたいと言った仁先生に亡き洪庵先生の志を思い出させるべく喝を入れたシーンは良かった。佐分利先生が仁先生との出会いを感謝するシーンも。
 
その山田先生を助けるために三隅先生を罠にハメる策略を仕掛けた策士・勝先生が、遂に西郷どんと対決。日本が新しい国として再出発をすべきときに内戦で国が疲弊すれば列強の餌食になっちまう・・・という話を、小さな茶碗の中での争いに例えるんだが、西郷どんは「坂本さぁが同じことを言っていた」と言う。勝さんは「おいらがあいつを真似てるんじゃない、あいつがおいらを真似てるんだ。おいらはあいつと一緒なんだ。あいつは終わっちゃいねえんだよ。」と。・・・あいつはおいらの代わりみてえに動いた挙げ句に殺られちまったが、ご生憎さま、まだ親玉であるおいらが生きてやがるんだベラボーめ、という意味か。前作の「あいつ(リョウマ)がいなくなっても、あいつの代わりは出てくる」という、ちょっと聞いただけでは冷たく聞こえるような台詞と被せると面白いかもしれない。「誰かが斃れても、その志は別の誰かによって引き継がれる」と勝さんは言っているのだ。こんな重要なことをサラリと言ってのけるとこが粋だよねえ。
 
ということで、今回のテーマは「受け継がれる志」といったところかね。
洪庵先生→仁先生、洪庵先生→お弟子さんたち、仁先生→仁友堂の面々、勝先生→リョウマ・・・といった具合に。
野風さんの出産の回では、ひとりの人間の命には限りがあるけれども、それは新しい命によって確実に未来へと受け継がれる・・という命の繋がりの話をした。今度は「たとえ自分が死んでも、その志は技術や知識とともに誰かの手に残る」という話だ。これは人が生きる意味でもある。人が人と出会う意味でもある。そうして受け継がれた有形無形の財産は、ときには時間も空間も軽々と超越して、また別の誰かと出会うんだ。
仁先生の「自分は何故幕末に送り込まれてしまったのか」という問いは、生まれてきた意味を見出そうとする人間の問いそのものじゃないのかな。 
 
 
次回が最終章。
このままだと上野戦争にでも参加しそうな恭太郎兄さんが心配だよ。生き残って帰ってきたとしても勝先生にぶん殴られそうだし。リョウマも幸せそうな顔で死んでいったけど、未来への希望で胸がいっぱいの人間はみんな幸せそうな顔をしている。御旗本の恭太郎兄さん、そして橘家の皆さんに未来はあるのか・・・?

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2011年6月12日 (日)

「JIN-仁-【完結編】」第八話:船中九策ぜよ。

第九話放送当日に前回の感想文をメモるというのも如何なものかとは思うんですが・・・ここ数日、眼精疲労で死にそうだったんで赦してくれ。
そういやこないだ原作コミックがノベライズされてることを知ったよ。ドラマ版もノベライズされないのかな。売ってたら買いそうな気がする。
 
以下、雑感。
 
■「九、・・・」
リョウマが九策目を書き始めたのを見た瞬間、「あ、(歴史が)変わっちまった。」と呟いてしまった。遂に歴史に仁先生の痕跡が刻まれたわけだねえ。前回仁先生から保険の説明を聞いて「講のようぜよ」と喜んでいたリョウマだったが、まさかそれがこんな形に・・・。
 
■「おいらや一翁さんが教えた」
船中九策(!)の中身に目を通した勝先生、愛弟子リョウマが自分たちの教えをしっかり覚えていたことに大満足(あのニヤケ具合は相当喜んでると思う。)というシーン。台詞の中にさらっと盟友・大久保一翁さんの名前を出してくれるあたりが、この脚本の気の利いたとこだと思う。
西郷どんとの遣り取りの中でリョウマが言ったこと---「内戦で国が分裂し疲弊すれば植民地化を狙う列強の思うツボ」「戦をやれば、力で敗れた者たちの恨みが残ってしまう」。これも先生方の受け売りなんだろうけど、キャラクターがやたら硬派な一翁さんや、煮ても焼いても食えない勝さんが言うより、リョウマが言ったほうが温かみがあるんじゃないかと思えたのは、このドラマの「中の人(=内野さん)」の魅力によるものなんだろうか。
 
■「新しいものが生まれる」
新しい命の誕生、そして新しい時代の誕生。ふたつの「未来」に繋がる誕生を上手にシンクロさせる作りだったね。ベタな描き方かもしれないけど、そういうの嫌いじゃないよ。
 
■やはり医療ドラマ・・・。
今回も手術のシーンが怖かった・・・が、妊婦さんが麻酔ナシで虫垂炎の手術をしたとか、麻酔が全然効かないのに帝王切開の処置に入らざるを得ない状況になって・・・とかいう話を聞いたことがあったので多少落ち着いて見れたのかもしれない。母は、強し。
 
・・・まだいろいろ書きたいこともあるんだが、とりあえずこんな感じで。長州藩士・東さんの最後の独白(兄上云々、ってヤツ)も今後の伏線なんだろうな。気になって仕方ない。
 

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2011年6月 2日 (木)

「JIN-仁-【完結編】」第七話:なんでそんなこと訊くんだい?

気温が上がりきらないうちに梅雨入りすると、こんなに寒いものなんだねえ・・・。
ということで、第七話の感想文でやす。
 
このドラマ、別に幕末の歴史なんざ分からなくったって或る程度は楽しめる作りにはなってると思うんだが、やはりちっとはネタを知ってるほうが楽しめるよなあ、と思いながら見てる。逆に今の某公共放送で20時からやってるホームドラマは歴史を知らないほうが見ていてマシな代物と聞いているよ。これって「JIN]はB級SFでありながら、ちゃんと歴史物のドラマになってるっていう意味じゃないかと思ったよ。
 
以下、雑感。
 
■龍馬の裏書(笑)
平仮名だらけの和歌なんか書いてきたせいで、謎解きになっちまったじゃないか(笑)。龍馬の手紙が仮名だらけなのを知っている人にとってはニヤリとさせられるシーンでもあるね。
 
■歴史の修正力なるもの、に新解釈?
このドラマのテーマのひとつであろう「歴史の修正力」。「この時代の人間が未来を変えたいという強い意志をもって行動した結果、本当に未来が変わったとしても、それは歴史を変えたことにはならないのではないか」と。このドラマは女性が賢いね。そして、強い。どなたか親切な方、女性を賛美しようとした結果、登場する老若男女すべてを引きずり降ろしているとしか思えない20時からやってる別の局の別のドラマの脚本家先生に、こういう描き方もあるんだよ、と教えてあげてくれ。
 
■永遠の命。
自分が死んでも、自分の血を受け継ぐ者がいる。その者が死んでも、またその血を受け継ぐ者がいる。そうやって命を繋いでいく。だから自分は死なない。・・・ちゃんと覚えてないけど野風さんはそんな意味のことを言っていた。そうだよなあ・・・未来に繋がっていく命は、過去からもずっと受け継いできたものだ。自分の命だって、これは生命誕生からずっと繋がってきたものなんだわな。野風さんが仁先生への気持ちを自分が見ることのできない未来に託したシーンではあるけど、生命の尊さを考えさせるシーンでもあると思った。
 
■二年という時間。
仁先生に「二年後の生存率は五割」と告げられた野風さん。普通に考えたら衝撃的かつ過酷な宣告なんだけれど、野風さんは「二年も!」と泣いた。予想していた展開だったのに、なぜかぐっと来た。あの瞬間が今回のクライマックスだな。野風さんの中の人の涙が美しかった。ガンが転移してしまって、結局は仁先生(と佐分利先生)のガン治療は延命でしかなかったということになっちまったけど、これが第五話の延命治療の肯定を踏まえて見ると、また味わい深い。
二年あれば、生まれてくる子を抱き、笑顔を見、声を聞き、手をつないで歩くこともできる。野風さんの夢を叶えることのできる二年という歳月を、自分は無駄にしてきたことはないかな、とちょっと考えさせられた場面でもある。
 
■酔っぱらい咲さん。
目が据わってて面白かったぞ。しかも可愛かった。
 
■なんでそんなこと訊くんだい?
咲さんも洪庵先生も先生が未来からきたことを知っているし、死んだ象山先生は謂わば「同類」だ。龍馬も気づいているし、野風さんも気づいているみたい。で、今回は「西洋の暦では、何年ですか?」と訊いた仁先生に、「なんでそんなこと訊くんだい?」と勝先生が訊き返すシーンがあった。勝先生の中の人・・・凄い目をしてたな。今回の隠れた名演技だったよ。軽くてサラリとしてるのに只者ではない雰囲気を醸す小日向さん、いい役者さんですな。この勝先生が仁先生の正体に気づいているのかどうかは、はっきり分からない。でもリアル勝さんが、もし変な医者から「自分は未来の人間だ」と告白されたとしても「うん、そういうこともあるんじゃねえか? まあ、おいらはそんなこたぁどうだっていいんだけどよ。」と軽く流しそうだと思ってるのは自分だけ?(端から信じてなくて馬鹿にしてるとかじゃなくって、文字通り「気にしないよ」って意味で。)

■千里眼・勝先生、本領発揮。 
そして、今回も勝先生はひとり余裕だ。幕府の動きは「知らねえよ」なくせに、「大政奉還」という大逆転を狙う愛弟子の意図は筒抜け、行動は想定の範囲内。
 
■恭太郎さん、スパイ化。
恭太郎さんに龍馬監視役を命じたのって前にも出てきた板倉伊賀守さま? 確認できなかったよ。つーか恭太郎兄さん・・・こういうことはK先生に相談しなよ。バレたら怒られるよ、K先生に。
 
■ルロンさん、山田先生。
なんか、なごむんだよね。「ノカゼサンハ、トテモ、アタマノイイヒトデス」みたいなことを言ったときのルロンさん。仁先生と咲さんのやりとりを楽しそうに眺めてる山田先生。どんな生きづらい時代にも穏やかな日常があるということに気づかせてくれる二人だった^^
 

 
・・・龍馬が「うそつき宣言」をしたところで、また来週。(うそつきの弟子に法螺吹きの師匠か・・・いいね。笑)
「戻るぜよ、あん世界に」って思いながら日常に戻る週末も、あと4回くらいか。先が見たいけど、終わっちゃうのが残念だ。

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2011年5月28日 (土)

「JIN-仁-【完結編】」第六話:電球だ東芝だ(小躍り)

日曜の20時ごろというのは習慣のようにTVをつけてはいるけれども、決まった番組を観ているわけではない。先週は「秘境家族が日本の家庭でホームステイする」っぽい番組をちらっと見た。
この番組、昔からあるんだろうか。以前、どこか南の国の家族(アフリカ系の顔の人たち)が日本の家庭にやってきて日本人と一緒にいろいろな経験をする番組を観た気がするよ。良く似た家族構成の、ごく普通の日本人の家庭にホームステイ。子供たちが一緒に学校に行ったり、奥さんたちが一緒に家事をしたり、二家族そろって旅行に行ったり。今回もそういう番組かと思って見てたら、15歳(男)と12歳(女)という二人の子供のいる家族を受け入れる日本の家庭は、なぜか年齢一ケタの坊主が3人いるラーメン屋経営の家庭。奥さんは目を白黒させている異国の人たちを尻目に、突然カットしたジャガイモを皿に並べ始め、それを電子レンジへ。火もないのにイモに火が通っているのに驚く異国の人の前で、なぜか得意げな奥さん。今度は何の脈絡もなく突然電気掃除機を出してきて、奥さんは言い放つ。
 
「これ、何だと思います?」
 
自分、ここで思わずチャンネルを変えちゃった。誰に同情するわけでも、誰を責めるわけでもないけど、なんか凄くイヤなものを観た気がしてさ。
 
そんなモヤモヤした気持ちを引きずったまま、21時を迎えた。
 
・・・ということで、今更ながら雑感をば。
前回は途中からしか見られなかったんで、感想文はお休み。第五話は超現代的テーマ「延命とは?」だったかな。
延命のための延命じゃ意味がない。より命の灯を輝かせるための延命なら、それがただの延命でもいいじゃないか・・・というような。サブのテーマは「仕事と家族」かね。
 
■自称・オカダ。
有名エンジニアの田中久重、人呼んで「からくり儀右衛門」登場。今回も良い出会いでした。時代の渦に巻き込まれてしまったら、方向性を見失う。友人が巻き込まれてしまったならば、あなたが道標となり、光となるべし。
 
■ブラック龍馬。
で、巻き込まれているのは勿論龍馬。目的が金儲けなのか、手段が金儲けなのか、微妙なブレが生じているようにも見える。熱病に取り憑かれたように奔走する「死の商人」。武器の密輸=間接的に人の命を奪う行為である、と指摘され、血を流さずして革命はない、って開き直るあんたは革マル派か(笑)。・・・まぁ、リアル龍馬も実際こういうことはやってたからねえ。うーむ、黒いぜよ。
 
■暴力の連鎖。
日本人同士が傷つけあって、その果てに政権を奪取したとしても、そんなふうでしか政権を獲れない政府が上手くいくわけがない。力で奪ったものは、また力で奪われる。また戦が起こる。暴力は、また暴力を生む。・・・とっても現代人っぽい正論を友人にぶつける仁先生。やはりこういうセリフは「現代人」に言わせなくちゃね。某大河のとってつけたような「憎しみからは何も生まれん」より、ずっといい。
仁先生のこのセリフ、リアル勝先生ならあっさり理解してくれるかもな。生命に対する慈愛の情は基本にあるのだけれど、それだけじゃなくって政治的判断の結果として戦を食い止めることを選んだ人だから。彼は負け組や遺族の怨みや憎しみが後の世の新たな紛争の火種となることを恐れていたんだよねえ。政治家は、こうでなくっちゃ。(結局「やっぱり勝さんは偉い」という結論になってしまうオイラ・・・。流石にどうかと思う。)
 
■江戸は俺が守る。
江頭2:50氏の名言「善光寺は俺が守る」じゃないよ。
自身の「日本再生プロジェクト」であった海軍操練所をつぶされた挙げ句に謹慎処分に遭って寝てばかりいる勝先生。自由な弟子を羨ましいと思いながらも、脱幕する気なんざ、これっぱかりもない。曰く「俺がいなくなっちまったら、誰がこの江戸を守るんだ」。
勝先生が明快に主張する民衆保護の思想。幕閣にそれを共有する者が殆どいないことをリアル勝先生は知ってた。「だから俺が天下の首府とその住民の命と財産を守るんだ」ってね。この江戸開城の基本理念をわざわざセリフにした脚本家どの、GJ。
 
■スパイか!?
恭太郎兄さん、龍馬の監視役をさせられちゃうのかな。せっかく蚊帳の外にいたのに時代の渦に巻き込まれちまうぞ・・・。
 
■鹿鳴館ちっく・・・。
野風さんのフランス語がイケてた。
 
 
・・・ラストシーン、龍馬が途方に暮れていた。
血塗れの銃弾を発見したとき、ひょっとして長州の兵隊が仁先生を撃ってしまったかもしれないと思ったのかな。(でも幕府方の兵隊の遺体が空き家に安置されているのを見て、先生が生きていることを悟り、胸を撫で下ろした・・・というふうに解釈したんだけど、合ってる?)
さあ、龍馬。人的被害を最小限にして政権交代させる術は何だ。幕臣のK先生やOさんなんかが教えてくれたことを思い出せ。そして、そこから「船中八・・・(以下略)

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2011年5月12日 (木)

「JIN-仁-【完結編】」第四話

遅ればせながら、第四話雑感。
 
突然ですが、自分は「好きなもの」の話をするのが苦手です。

プレーや生き方がカッコいいサッカー選手、ドラムの音や歌の歌詞が好みのバンド、俳優の演技力や脚本の出来について誰かと話をしてみたいドラマ・・・そして最近ならば、人間として沢山学べる点のある歴史上の個性的な人物たち。そういう話はいくらでもしたいんだけど・・・「そうそう!○○かっこいいよねえ。で、みろくちゃんは誰のファンなの? やっぱり○○みたいな顔が好き?」っていうような凄い鼻息の反応が返ってくると、正直困ってしまう。「あー・・・自分は特に誰が好きとかないです。顔とかじっくり見たこともないし。あ、興味のある人の顔だから興味を持つということはありますけど。」みたいなことを言うのがやっと。

「好き」という感情でテンションが上がる人たちが羨ましいよ。残念ながら自分は盛り上がる人を前に、どうしていいかわからなくなってしまう・・・(泣)。
  
そんな自分は、おそらく「鈍い」。
ある意味「凄い人」であるはずの仁先生に親しみを感じるのは、先生の鈍感さゆえなのかもしれない。第四話を見終えてまず思ったのは、そんなことでした。
 
■川越の奥方様。 
緒川たまきさん・・・実に高貴な雰囲気でしたな。立ち居振る舞いが武家っぽくって良かった。こないだうっかり日曜の20時過ぎにNHK総合にチャンネルを合わせてしまったのだけど、あそこに出てる人たちはお武家の姫には見えなかったね。いや、実際あれが大河だって気付かなかった。「変な時代劇だなあ。服装の雰囲気的には1600年くらいかね・・・現代モノの韓国ドラマみたいな会話してやがる。」と思って暫く眺めてたら、オカンに「これって大河じゃない?馬鹿になりそうだから、こんなの見るのやめなよ。」と言われてしまった。
 
■長州語。
「僕は~であります。」が出ると、嬉しくなっちまうんだが。
 
■伏線。
今回のテーマは「意地」だね。薩摩も長州も自分たちのメンツを守りたくって意地を張っている。傍目から見れば「何やってんだか」と思うようなものでも、それが崩れ落ちそうになってる人を辛うじて支えてたりもするんだよねえ。「そんなものよりも、もっと守るべきものや得るべきものがあるだろう」と思ったとき、人間は意地を張るのに使ってたエネルギーを他のことに向けはじめる。薩長同盟については、なんかそんな感じ。黙ったまま動かない西郷どん、なんかリアルでよい(笑)
もうひとつの意地は咲さん。前回意地を張って(!)先生のプロポーズを断ってしまったことが、今回のストーリーの伏線だったんだねえ。
 
■なぜ咲さんはプンプンしていたのか。
これ、最初全然理解できなくってさ・・・(苦笑)。「ちょ・・先生別に間違ったこと言ってねえじゃん。なんでそこまで怒るの?意味わかんねえし?」って思っちゃった。でも、あのシーンは何となく重要なシーンじゃないかという気がしたから、見終わってから一生懸命考えてみた。
そういえば咲さんは前回、仁先生を助けるために(って言っちゃってもいいか)異人さんのルロンさんと一緒になることを決めた野風さんに「咲さまは先生と幸せになってくれ」と言われて複雑な表情をしていた。野風さんは、この人は自分を心穏やかにしてくれるからというような話をしてたわな。恋を実らせるよりも夫や家庭を持つ幸せを彼女は選んだ。この人を差し置いて、自分が望み通りの幸せを手に入れるわけにはいかない・・・と咲さんは思ったのかどうか。
いずれにしても咲さんは本当は先生と結ばれたいんだ。だとすれば、本当は好きな人に「いい人がいたら結婚して幸せになっていいんだよ?俺に気兼ねすることなんかないんだよ?」って言われてしまうというのは、悲しかったってことなのかな。
まあね、プロポーズからして「野風さん (´Д⊂・゚・。・゚゚・*:.。ウワアアアン」みたいな気持のときに受けたものだし。・・・仁先生並みに鈍感なオイラとしては、ここまで考えるのに3日かかっちまいました。
 
■ところで元軍艦奉行並は?
最近あまり活躍してくれないということ以外で気になることがある。西郷どんや龍馬なんかと比べるとキャラ的に幕末感に乏しいんじゃないか、という気がすることだ。空気が妙に現代的っていうかね・・・。最初は中の人(=小日向さん)の醸す雰囲気のせいかとも思ったんだが、まあ考えてみれば勝先生なんて誰がやっても幕末にどっぷり浸かってる雰囲気にはならない人なんだろうな。
あまり活躍してくれないのは、ドラマの脚本がそのような脚本じゃないからでしょう。
でも、ひとこと言っておくナリ。
・・・力のある藩が手を結び日本国のために政治をする「雄藩連合」の考え方の原作者は勝さんだぞ。シナリオライターは龍馬だけどな。西郷どんが長州と手を結ぶことの必要性に気づくキッカケを与えたのも勝さんなんだからな。
久坂さんの遺志がどうの、っていう創作もいいけどさ・・・もう少し勝麟を大事にしてくれ、とオイラは言いたい(笑)。
 
 
「藩の垣根を越えて、日本のために」と成し遂げられた薩長同盟。この密約が革命の原動力になったのは間違いあるまい。でもさ・・・そうして出来上がった明治政府は、なかなか「藩閥」を超えられなかったんだ。 

 
それはともかく、とりあえずはお初ちゃん(「~け?」「~だべ!」っていうベタベタの関東方言が素敵)の正体が知りたいなあ。第五話に期待・・・と言いたいところなんだが、15日は21時に家に帰れるのかどうかが心配でありんす。

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2011年5月 4日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」第三話

今ウチに一歳児(女子)が遊びにきています。
本日は天気が良いので、子供とその両親は外出。留守のうちにブログの更新でもしちまえ、・・・ってことで、第三話の感想文を書いておこう。
 
牢名主の耳に虫とか痛そうな拷問とかを見ながら、「だから江戸時代はおっかねえんだよ!」という意味不明のセリフを連発してる自分がいた。物語のほうは慌ただしい・・・というか、時間の流れの判りづらい展開。そんな忙しい回であるにも関わらず、自分は掃除やら洗い物やらをしながら見ていたため、途中で大切なシーンを見逃してる可能性大ですわ・・・。
 
 

大牢にぶち込まれた仁先生ですが、自分を消そうとした牢名主の危機を二度に渡って救い、牢内の囚人たちの信頼と尊敬を集めることに成功。先生の偉いところは尊敬されようと思って尊敬されるわけじゃなくって、プロフェッショナルとしての真摯さと人間的な誠実さによるものなんだよね。まあ、尊敬されたい人なんてのは尊敬されません。尊敬されたい人と尊敬される人じゃ、天と地ほどの隔たりがあるように思う。
 
そんな先生のために、娑婆の連中も動いた。
恭太郎さん、龍馬、勝先生、辰五郎親分・・・。その結果一橋公の嘆願書まで登場したが、結局先生を救ったのは、砒素入りの茶が入っていたと思しき茶碗の捜索を願い出た医学館の多紀先生と、それを許した和宮様という形に。発見された茶碗から砒素が検出、その茶がかかったために菓子のうちの一つだけから砒素が出てきたことが証明されたという流れだった。
 
仁先生を乗せたモッコ(?)が通過していくのを眉をひそめて見守るだけの庶民。龍馬は「いつからこの国の人間は恩知らずになったがじゃ」と嘆くが、火の粉を被りたくないが故に危うきに近寄らないのが普通の人間の反応なんだろう。
今の日本、政治家たちですら似たようなことをやってる気がする。大臣たちが叩かれているとき、自分も同じ穴の狢だと思われたくないからって一緒になって叩いてるのが与党の連中だったりするから信じられん。突き詰めれば、いじめられっ子に協力すると自分もいじめられるので一緒に暴行しました、みたいな発想としか思えん。
「おれは江戸っ児だよ。世間の人とはちょうど反対さ。人の悪き時節にはしげしげ行くけれど、その人がもう良くなればちっとも行きやしないよ。」と胸を張ったのはリアル勝先生だが、彼はそう言えるだけのことはやってきた。今の偉い人たちはどうなんだろうねえ・・・。
 
娑婆に戻ってきた仁先生は、「今」を生きていく決意を新たにする。それは今自分が暮らしている江戸で生きていく覚悟をしたということになるのかね。自分のために必死になってくれた人たちに幸せになってもらいたいから、そしてその結果自分がもう見られないかもしれないずっと先の未来がよりよいものになっている可能性があるなら、今を大切に生きよう。・・・で、その象徴的出来事が、咲さんへのプロポーズなんだねえ。断られちゃったけど(汗)。
 
先生からのプロポーズをお断りした咲さんは、恭太郎兄さんの肩で泣いてた。「自分だけが幸せになることはできない」と。それ見てたらさ、もしかして恭太郎さんには幸せな未来なんか待っていなくて、咲さんのセリフはそれを暗示させるものなんじゃないかと勘繰りたくなったよ。・・・そう、舞台が幕末で、恭太郎さんが幕臣だっていうのがね。
 
龍馬はこれから薩摩の厄介になるらしい。医学館の多紀先生に専売特許の秘薬であるはずのペニシリンの作り方を教えちゃうことが日本の医学のためだと悟って行動に出た仁先生のように、龍馬も薩摩だの長州だの言って敵対してる連中を、日本の未来のために協力させようと決意する。
でもねえ・・・あの師弟コンビが活動休止(?)になるのが個人的には残念でならないよ。
自分が身動きが取れなくなる前に(場合によっては切腹かもしれないからってのもある)西郷どんに連絡を取ってくれた勝先生に、弟子の龍馬は「かつぅせんーせぇには頭が上がらんぜよ」と言うが、先生はシレっとしている。薩摩と長州の内訌を治めてやる、と意気込む弟子。それは当然のことだと流しつつ「おいらのことも考えてくれよ、これでも旗本なんだからよう」と苦笑する師匠。そうだよねえ。日本を一つにする=負け組を反体制勢力として排除せず新しい社会にとりこんでゆく、ということも必要なんだ。勝先生自身は龍馬たちが何も考えてくれなくったって自力で生きていけるだろうが、徳川家臣団(←勝先生も恭太郎さんも)をはじめとする武士たちの失業や、その影響をまともに受ける庶民たちの存在を忘れてくれては困るということなんでしょうな。
 
ということで、ドラマもだんだん幕末っぽくなってきたよ。
仁先生の目を通して、江戸庶民から見た時代の転換期の雰囲気が味わえるドラマになることを期待。
仁先生と龍馬との再会を祈りつつ、来週を待とう。

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2011年4月25日 (月)

「JIN-仁-【完結編】」第二話

「JIN」第二話です。
 
そろそろ操練所も閉鎖かあ。
もうすぐ勝先生が愛弟子・龍馬を、第一話で仁先生に助けられた西郷吉之助どんに託して、切腹覚悟で江戸に帰る頃だ。
ここで脱幕(?)せずに処分を受けるのがリアル勝先生の素敵なところだよ。「幕府なんざ潰れたって構わねえ、いやサ潰れねえと嘘だ」と思ってる癖に、自分はあくまで徳川の家臣だと思ってる。
もし宜しければドラマの中でも元治元年の吉之助vs麟太郎、記念すべき初対面のシーンなんか用意してくれたら嬉しいのに。・・・全然期待はしてないけど。
 
  
■やってないことを証明するのは難しい。
だーから冤罪事件は無くならんのだよ。「自分の力をお上に認めさせるために、わざと宮さまの命を危険に晒したのだ」という、お付きのオバチャン(?)の主張を否定するのは簡単なことじゃない。
ついでに一番の敵は無知と恐怖だ。良順先生がいくら「もし仮に菓子に砒素が仕込まれていたのだとすれば、症状が出るまで時間がかかりすぎる」と科学的根拠を述べたところで、聞く耳を持つ者がどれだけあるか。こういうことって世の中には結構あるよね・・・。
 
■愛≠執着心。
ずっと変わらずにいてほしい。ずっとそばにいてほしい。親子でも、恋人でも、友人でも、人はそう願うものだ。でも、その「永遠を願う思い」というのは一体誰のためかって言ったら、大切な誰かのためではなく、結局自分自身のためだったりするんだねえ。
咲さんは先生を未来に戻してくれと祈った。大切な人を永遠に失わないために、その人との現在の関係を失うことを願わなくてはならないことも、人生にはあるのかもしれない。
  
■牢屋のリンチ。
新入りは必ず受ける洗礼ですな。牢名主どのの歪んだ笑みが怖い。黒船が来る前、高野長英先生が牢にぶち込まれた際、病人を看てやることで囚人たちの信頼を得た、というエピソードを思い出した。となると、やはり仁先生も自らの医術で運命を切り開くのか・・・? 「こりゃ牢名主を病気にでもしないと助からんぞ、先生」と思っていたら、あれれっ・・・!?(次週につづく。) 
 
 
暫く日曜になると朝から脳内でドラマのOPが流れ続ける事態が続くんだろうけど・・・毎週日曜は仕事なんだよな。集中力が削がれるだろうが。
 
また一週間、頑張ろうっと♪

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2011年4月20日 (水)

「JIN-仁-【完結編】」第一話

子供のころから「流行」というものは疑ってかかるべきものであり、警戒すべきものだった。
子供のころからテレビドラマを真面目に観た記憶なんて殆どない。
そんな自分が何故か大ヒットドラマを楽しみにしている。この状況、なんだか居心地が悪い。
 
つーわけで、「あの江戸が帰ってきた」。
2話分しか時間を取れないところに3話分ぶち込んだような展開だったが、まあ幕末文久四年→元冶元年の慌ただしさそのままだと思えば問題ないか。ただ盛りすぎるとテーマが絞れなくなるから、このテンポで話が進むのは今回だけであってほしい。勿論歴史物として観るとツッコミどころもそれなりにあるんだが、単なる時代エンターテイメントなのだから、そこを突っ込むのは野暮天だろう。
 
てなわけで、以下雑感。 

■「神」って何だ。
「天」とかのほうが日本っぽくて好きだが、まあいいや。ここでは人の運命や時代の大きなうねりなど、何か大きく抗いがたい力のことなんだろうな。人の意志なんてものは、人の行為なんてものは、その力の前では無力なのか。だとしたら、それでも懸命に生きることの価値とは何なのか。…これはドラマのテーマというより、人間の普遍的なテーマだね・・・。
 
■象山先生。
本日のキーパーソンは象山先生と見た。もうね、仁先生に出会うためだけに生き延びたとしか…。
リアル象山先生は、云わば生き急ぎ死に急いだ人だ。ドラマの象山先生は150年後を見てしまったわけだが、そんな彼には時代の流れのスピードがじれったく思えたのかな。早く150年後に追い付きたかったのだとしたら・・・あのエキセントリックさも、「なるほど」なんだよね。

しかし名優・市村さん…ちゃんと服を着ていたシーンが殆ど無かったぞ。ついでに子役の坊やが市村さんに似た雰囲気で面白かった。

 
■西郷吉之助どん。
朴訥で優しく誠実な一面と、革命家としての強さ・大きさが感じられる役作り&演技。近頃の西郷どんの中では一番いい雰囲気かも。これは期待大。
 
■長州藩士・久坂さん。
うっへぇ…まさかの「ひとつになろう日本」的発言。リョウマだってあの人に薩長同盟を示唆されるとは意外だったろ(笑)。
とはいえ「医師」としての視点を前面に出すのは新鮮だった。武士が、特に尊王攘夷派がオール馬鹿という某幕末コスプレドラマより全然いいよ。(去年一年くらいダラダラやってたヤツね。)

■現代的なテーマ。
今回のテーマのひとつは「命の軽重」か。凄く現代的なテーマだが、誰かを徹底的に悪者にしたりせずに描けるのは、現代とは違う価値観で生きる人たちの中に現代人がいるというシチュエーションのドラマだからこそ。
「・・・腹を切らせろ。」の仁先生、いいね。
ときどき豹変するから好きだよ先生。
死ななくてよい人たちを殺した人たちだから死んでもいいという道理はない。目の前に救える命があるなら救うべし。
建前上でさえ命に軽重があるのが当然の時代。武器を持っている者が自分の信念や御家の利益のためなら武器を持たない弱い者を犠牲にするのはやむを得ずと思っていると思われても仕方ない人たちに向かって、現代人の価値観丸出しで正論を吐く先生がカッコイイのだ。
あの時代、「武器を持たぬ人たちを権力側の都合で苦しめる者は全て『賊』だ」「天下を取る(or守る)ことしか考えていない連中の政府なんぞに正当性はない」と本気で言ってた人がどれくらいいるのかね。
(幕府の勝さん&大久保さんコンビくらいだと思うよ…。)

 
■帰ってきた師弟コンビ。
本物の坂本龍馬もあんなだったら楽しいな、と思わせてくれる夢のあるリョウマ。本物のようなムダなカッコ良さはないが(失敬)、飄々とした中に知能犯的凄みを覗かせるカラッと軽い勝先生。今度こそ大暴れしてくれよ軍艦奉行。(出世して「並」が取れた。笑)
 
大スクープを話したくて話したくて師匠が手紙を読んでる傍から先を話そうとする弟子。
一応最後まで目を通そうとしているのを邪魔されたくない短気な江戸っ子師匠。
この面白師弟コンビにも別れのときが近づいている。
時間も空間も隔てているはずの二人が同じようなことを言ったり書いたりしているという事実を何度か目にしたことがあるけれど、つまるところ彼らは「その後」も師弟であり続けたんだろうと思う。
リアル勝先生の、あまりにも早く死んでしまった自分より一回りも若い弟子への思いは、いかほどのものだったろう、と考えてみる。
先生は政治や経済、教育などの話はするくせに、あまり愛弟子の話をしない。明朗で多弁だが感情の処理はヘタクソであろうと思われる麟さんが最後まで消化しきれなかった感情のひとつが、リョウマへの思いだったんじゃないかと個人的には思うんだが・・・。
 
■喜一ちゃん、栄さま。
自分は喜市ちゃんの「生きてなきゃ笑えない」で泣くほどナイーブじゃない。つーか、ドラマなんかで泣いたことはない。喜一ちゃんが言ってることも実に正しいと思ったんだが、如何せん表現が陳腐だったかな。が、栄さんの咲さんへの「楽しみにしています」にはグッときた。抑えた演技、そして厳しいセリフの中に溢れんばかりの愛情が垣間見えるようなシーンが個人的には好きですね。
 
■山田先生。
今回もペニシリンを大事に大事に抱えてた山田先生。彼もやるときはやるよ(シャキーン)
 
 
…次回は漢方医の逆襲でも予定されてんのかね。
自分「リョウジュン先生に喚ばれるってったら、来週はお城の中で事件ってことかな」
オトン「イトウゲンボクあたりが怪しくないか」
 
いずれにしても仁先生がピンチに陥るらしいが、陰謀の黒幕よりも誰が仁先生を助けるのかが気になる。先生と親しい幕府の役人といえば「アホウの守」の勝先生なんだろうけど、彼は禁門の変の後に役職をクビになって謹慎処分を喰らっちまうはずだし…。
ううむ、どうなんだ…?! (原作読んでないだけに何もわからん。)
 
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あ、一応、オフィシャルサイトね。
http://www.tbs.co.jp/jin-final/

 
■追記
曲者(正体は山田先生)に侵入されたとき、仁先生が握りしめてたものって、芋? ちゃんと見れなかったんで、気になる^^;
(つーか先生、イモじゃ武器にはならんだろ。笑)

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2010年12月27日 (月)

あの江戸が戻ってきた・・・。

夕飯を食べ終わってTVをつけたら昨年秋にバカみたいにハマったドラマ「JIN -仁-」のディレクターズカット版(っていうの?)を放送していた。
悔しいけど見ちまいました。
 
普段ドラマなんて滅多にみないのだけど、このドラマは不思議なことにセリフまで覚えていたりするんですよね。毎回「今日の主題は何だろう?」と考えながら見るのが楽しかったもんな・・・。陽気で豪快な龍馬やニヤニヤした軍艦奉行並など、幕末キャラクターに会えるのも楽しみだった。
 
明日の第二夜も見るしかないんでしょうな・・・悔しいけど(笑)
 
 
一応、公式サイト。
http://www.tbs.co.jp/jin2009/

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