カテゴリー「おでかけ」の16件の投稿

2011年1月10日 (月)

暴走貨物列車に思うこと。(映画「アンストッパブル」)

こちら様と映画を観に行きました。
2011年最初の観賞となる記念すべき(?)作品は、「アンストッパブル」。(→公式サイト
彩々ちゃんには指定席の予約から何から何までぜんぶやってもらっちゃって、申し訳ないくらいでした。改めて「ありがとうございます!」(←「JIN」の大沢たかおさん風に読んでね。)
 
この映画、「ただ貨物列車が暴走する話だよ」と表現しちまえばそれまでなんですが、アメリカの貨物列車というのは、我々が日本で目にするような電車とはまるで違います。
 
自分が昔TVで見たアメリカの貨物列車は、全長1kmもある大編成の列車。それが日本の電車の10倍もの馬力のあるディーゼルエンジンで牽引されてアメリカ大陸を横断してゆく。
腕利きのベテラン運転士とともに大平原を旅する重量級の列車の力強さには正直驚いた。
 
この作品は、そんな化け物みたいな鉄の塊が大量の爆発物を積んで住宅密集地域に向かってくるという悪夢のような話なんですな。
 
久々に「手に汗握る」という体験をしました。身体が緊張していたせいか、もともと寝違えて回らなかった首が痛くなったりもしました。
俳優陣の演技力や、文明の生んだ制御不能のモンスターの怖さをこれでもかと伝えてくる演出やカメラワークについては「凄かった」の一言なんだけど、映画を観終わってしみじみ考えたのは「これって過去に起こった事故が下敷きになってるんだよな。」ということでした。
 
よく自動車事故の加害者の供述で「よそ見をしていた」「考え事をしていた」なんてのがあるでしょ。で、それをニュースで聞いた部外者が「ふざけんな」「人が死んでいるのにそれで済むと思ってるのか」なんてTVの前で憤慨したりする。
加害者の殆どは別に不真面目な供述をしてるわけではないだろう。事の重大さを認識していないというわけでもないだろう。でも、重大な結果には重大な原因があると思いたいのが人情ってヤツなんだろうと思います。
 
この映画でも映画の元ネタになった実際の事故でも、原因はちょっとしたブレーキ操作のミス。すぐに取り返しのつくどうってことのないミスだと思われた不注意や不作為が、とんでもないトラブルに繋がっちまった。
小さなミスなんてものは日常的に起こりうるものなんだ。それが大きなトラブルに発展するかどうかは、発展してみないとわからない。そう考えると、実は危険というものはいつも我々の隣に静かに座っているのに、我々はそれに気付かぬふりをしているようにも思えてくる。現代社会の快適さや安全なんて、ひとりひとりの誠実さや良心によって漸く成立しているにすぎないんだ。
 
それを認識することが、実は社会を構成する人間の責任なのかもしれない。
 
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彩々ちゃん、久々にいろいろ話せて楽しかったっす。
また遊びにゆこうね。

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2011年1月 5日 (水)

やはり川越氷川神社へ。

今年も初詣は埼玉県川越市の「氷川さん」へ。
 
毎年「また来年も来ます」と決意表明をし、おみくじを引いて、お守りを買い替える・・というスタイルなのですが、今年もそんな初詣になっちまいました。

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今年も御籤を「釣る」。
釣りあげた黒い鯛(けっこうカワイイ)は「末吉」と告げている。勉強運が好調らしい。有難い。(洒落じゃない。爆)
 
お守りも充実。
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そして、例年通り大鳥居の中央扁額を写メに収め、一月いっぱいはケータイの待ち受け画面に設定するつもり。この扁額、間違いなく魔除けの効果くらいはあると思う。
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そのうち何故あの氷川のご隠居の揮毫が江戸から離れた川越なんかにあるのか訊いてみたいもんです。
 

 
一応、神社の公式サイト。
http://www.hikawa.or.jp/jinja/index.html
 
・・・幕末ネタで思い出したけれど、文化14年11月29日が1818年の今日。
個人的に最もカッコいい幕末キャラクターのひとりだと思っている大久保一翁さん(開明派幕臣)の誕生日でした。

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2010年12月 4日 (土)

銅像は口をきかないよツアー@上野・浅草・其の弐

上野浅草ツアー(違)レポ、続き。
(前回のエントリーの最後に「続きは明日」とか書いておきながら、昨日も一昨日も全然作業が進まず。笑)
 
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通称「金のう○こ」の前を通過。
アサヒビール本社ビル横の「スーパードライホール」。
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つーか、このオブジェ。
怪しげな形状ですが、う○こを象ったもんじゃありません。
こいつの名称は「フラムドール」、金の炎を表したものであります。
当初は「3段重ね」になる予定だったらしいけど、ちょっと高すぎるってんで1段だけになったんだったっけ。
作者はパリ生まれのフランス人、フィリップ・スタルク。
  
建設途中のスカイツリーを右手に川沿いを進んでいくと、此処はどうやら役所横の広場。
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・・・っつーことは、あの侍はもしや?!!
よし、帰りに拝みに行くぞ。
 
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癒しスポット(?)隅田公園から眺める紅葉とスカイツリー。
秋ですな。
 
案内板を見ると、すぐ近くに「撫牛」で有名な牛島神社があるということなんで、お参りしていくことにした。
この辺りはちょっと横道に入ると、如何にも下町の佇まい。
 
牛島神社は平日の昼間だからかな、ヒッソリ静まりかえっていた。境内の片隅で、ブチ猫とトラ猫が睨み合っている。(写真に収めようとしたが、失敗。笑)
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この子が文政8年頃に奉納されたという有名な「撫牛」。憂いを秘めた慈悲深い表情に見えるのは自分だけではないらしい。
目が悪いから眼を撫でさせてもらったが、ここは頭を撫でるべきだったか・・・?
 
牛くんとバイバイしたあとは、ひたすら歩く。
ゆったりと波打つ大川(子供の頃、江戸が舞台の時代劇を結構見ていたせいか、今でも「大川」と呼んでしまう・・・)の川面がキラキラと陽光を反射するのを眺めていると、忘れかけていた昔のことを思い出せそうな気分になる。どことなく懐かしいんだよね。「帰りたかねえなあ」と思いつつ、どれほど歩いたか・・・。
 
ようやく右手に寺の裏門が。表札は「牛頭山弘福禅寺」とあるが、ここから入ることはできないようだ。右折、右折で表に回る。
 
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あろうことか「ぐふくじ」は工事中だった。
何故あんな足場が組まれているのか寺務所で聞いたら「実は屋根瓦が落ちてしまって・・」とのこと。年内には工事が完了するそうだ。確かに年末年始には間に合わせたいよね(笑)。
 
七福神巡りにやってきたと思しきツアー客と一緒になった。隅田川七福神のうち「布袋尊」が安置されているのが、このお寺と聞いている。布袋さまっていうのはもともと実在の禅宗の坊さんで、あの大きな袋から自分の財産を出しては困ってる人にじゃんじゃん分け与えたと言われてる太っ腹(文字通り^^;)の人だ。黄檗宗(禅宗)のお寺だから布袋さまなんだろうね。(たぶん。)

ツアーの皆さんは、殆どが定年過ぎの、人生の大先輩といった雰囲気の人ばかり。
ガイドさんが「布袋さま」や「咳止め」の話と一緒に「このお寺は勝海舟が若い頃、禅の修行に励んだお寺でして・・・」なんて話をしている。そうだよな、この辺りは勝さんの故郷なんだ。(ヤバい・・何だか聖地巡礼の様相を呈してきた^^;)
 
勝さんも座禅初心者の頃は「銭のことやら、女のことやら、うまいもののことやら」(「氷川清話」)いろいろ考えて心がどっかに飛んじゃってる連中の一人で、そういうヤツは竹篦で叩かれると吃驚して転げるのだ、って話をしてたわな。 (「女」>>>「うまいもの」だろうよ、あの人は。)
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本堂から撮影。どことなく支那風の屋根の門構えは、いかにも黄檗宗の禅寺といった印象だ。
 
別に自分は巡っちゃいないが、七福神巡りのスタンプを手帳にひとつ。
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お参りを済ませた後は、口内炎やら肺炎やらで酷い目にあった人のために寺務所で「せき止飴」(300円也)を買い、二つめのミッション終了。
 
川沿いの道をてくてく戻ってくると、例の痩身の侍。
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隅田川の河口の方角、遙か海の方を向いて立っている。羽織袴を向かい風に靡かせてるとこが「海の男」っぽい。

彼が本日「二人目」の銅像。
こっちは日本一の犬嫌いさんだ。
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2003年に有志の手で建てられた勝海舟之像。
 
生粋の江戸っ子で、江戸や東京の人々のために一生懸命働いた人なのに、これまで全身像のひとつも建たなかったというのが或る意味スゴい。以前「昔銅像を建てよう運動に猛烈に反対する人たちがいて、その理由が『自分の屋敷に妾を囲っているようなとんでもない色男なんか拝めるか!』というものだった」という嘘みたいな話を読んだことがあるぞ。

台座には「勝安芳」とある。明治になってから名乗った名前だ。「安房守」を案外気に入っていた先生が「安房」同様、「アホウ」と読めそうな名前を考えたんだよね。まあ、どうせ明治に入ってからも「安房さま」と呼ばれ続けたわけですが。

真下から拝むと、こんな感じ。
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ふむ、なかなか精悍な印象ですな。

そして、勝先生の指さす方向には・・・

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結局、金のう○こ。
 
先生と別れて向こう岸に目を遣ると、水上バスが停泊中。今度来たときは、これに乗るか。
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吾妻橋の欄干(台東区側)から撮影。
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名物のスカイツリーと金のう○こが一緒に収まる絶景ポイント(?)を発見して、すべてのミッションが完了。

余談だけど、本当は言問橋の上からならスカイツリーが正面から撮影できる筈なんだ。
でも、どうもそんな気にはなれなくってな・・・。
あそこは戦前からある橋で、戦災の痕跡が生々しすぎる。だって焼け焦げた跡とかが残ってるんだよ。「橋」が、じゃない。「人間」が、だ。
 
川のそばを歩きながら「この街に住んでみたい」なんて思っちゃったけどさ、街を愛してそこに暮らすなら、自分も一緒に重たい過去をも背負っていく覚悟が要るような気がした。
 
で、せっかく来たから浅草寺へ。
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この門とでっかい提灯を寄贈したのは、あの松下幸之助さん。
1960年、病気になったときに浅草寺にお参りをし、治ったお礼に寄付したんだって。
提灯の後ろに名前があったから撮影しようと思ったんだが・・・ケータイのバッテリーが残り少なくなってきたので、写真撮影はここまで。
 
お参りの帰りに黒コショウ煎餅と人形焼(粒あん入り)を買って、ツアー終了。
 
寺院、神社、銅像、墓、石碑、オブジェ、そして塔。
人の心というものは形あるモノを求めてしまうものらしい。 
まあ、それも仕方ないのかも知れない。確かに「銅像を建てたとて、それが何だい」なんだろうけどね。
 
本日の歩数:15527歩。

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2010年12月 1日 (水)

銅像は口をきかないよツアー@上野・浅草・其の壱

先週、都内某所まで行く用事があったので、そのついでに上野~浅草方面を歩いてみることにした。年齢ヒトケタの子供の頃に訪れて以来、何となく平日の上野公園や隅田川のほとりの明るく開けた雰囲気が気に入っている。
 
ただ何の目的もなくぶらぶらするわけにもいかないので、今回は
①上野公園の西郷どんに会いにいく。
②咳の病の快復を願って「ぐふくじ」(=弘福寺)でお参りをする。
③スカイツリーの写真を撮る。
④通称「金のう○こ」を間近で見物する。
(そして、できればスカイツリーと金のう○こが一緒に写真に収まる「絶景スポット」を見つける。)
・・・という目標を設定してみた。

現地情報は殆どゼロ。とりあえずJR上野駅と地下鉄銀座線・浅草駅で下車することは決まっている。昔聞いた「弘福寺は吾妻橋を渡って川沿いを上流のほうに歩いていくと右の方に見える」というアバウトな情報を頭の片隅に置きつつ、駅構内の案内と現地の観光案内の看板だけを頼りに、とりあえず歩いてみることにした。
 
ということで、まずは上野公園へ。
そろそろ昼時という時間帯、天気が良いので観光客や散歩に来てる近所の人と思しき人々で賑わっておりました。
  
灯りの消えた真っ昼間のイルミネーション。手前に座っているのはパンダらしい。これも上野ならではですな。
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そして遂に日本一の愛犬家を発見。
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雨の日も風の日も、そしてこんなお天気の日も、四六時中一緒にいる西郷どん&愛犬ツン。
上野には何度も来ているのに、実は今回が初対面。一度会ってみたかったので、ちょっと感激だ。西郷どんのほうの作者(ツンの作者は別)は、美術の教科書にも載ってる高村光雲。
 

「西郷の銅像を上野に建てたとて、それが何だい。銅像が大きに有り難うってお礼を言うかい。へん、銅像は口をきかないよ。」っていう某江戸っ子爺さんの台詞がチラッと浮かんで、気分はすっかり明治31年に。
 
  
台座の下には、こんな碑が。
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西南の役の後国賊となってしまった西郷どん。その後友人たちの活動が実って名誉回復。嫡子の寅太郎さんが天皇陛下の御手許金で洋行させてもらえることに決まったんだ。このときは吉井友実さんら同郷の旧友たちが、同じく名誉回復運動をやってた勝さんとこに相談に行き、勝さんが陛下の侍従をやってた山岡さんに掛け合って有栖川宮さんに話を付けてもらったところ、死んだ西郷どんのことを結構気に入っていた陛下が「それならこっちでお金を出して寅太郎を陸軍の修行に出してやることにしようか」と留学を決めてくれたらしい。(西郷どんは陸軍大将って地位だったから、寅さんも陸軍なのだ。)これが明治17年の出来事。

石碑には、銅像はその吉井友実さんが中心になって明治31年に建てられたものだ、という内容のことが書いてある。銅像除幕式は12月、恰度今頃の季節だ。寒いのに式に招待された勝さんは既に76歳。「銅像は口をきかないよ」という、江戸っ子らしい悪態をついていたのが式の数日前。

そんなことを知ってか知らずか、平日の真っ昼間だってのに西郷どんの前には常に人影が。ううむ、やっぱり人気者なんだね。 
 
これにて最初のミッションは完了。

西郷どんを拝んだ後は、上野戦争で亡くなった彰義隊の皆さんの墓にご挨拶。(これは流石に写真におさめる気にはなれず。) 新しい花が供えてあったのが印象的。 
あまり大きくもない墓石には旧幕臣・山岡鐵太郎の書(如何にも鐵つぁんの字って感じなのが興味深い。笑)による「戦死之墓」の一言だけ。「彰義隊」の名前はナシ。そうか、これが「賊軍」ってヤツか・・・。

最後に寛永寺清水観音堂で手を合わせて、上野を出発。
 
銀座線に乗り換えて浅草で下車。
4番出口から地上に出ると、吾妻橋の赤い欄干がお出迎え。スカイツリー効果なのか、結構な人出だ。
画像は橋の上から眺める隅田川。流れはゆったりと海へ注ぐ。

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橋を渡り終えると、墨田区の観光案内所が。

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いいねえ、北斎。大好きなんだが。

てことで、とりあえず北に向かって出発進行。こういうイイカゲンな観光客のために(?)観光案内所があるんだろうが、敢えて勘と川沿いの案内図だけを頼りに「ぐふくじ」まで行ってやるぞ。

 
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続きは明日。

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2010年11月28日 (日)

いろいろ見ては来たんだが。

先週、上野~浅草らへんをぶらぶらしてきた。せっかくだから写真とかを載っけておこうと思ったんだが、微妙に時間が無くってレポが上げられません。
 
一応、こんなのを見てきたんだけどね。
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あと、こんなペット連れの人にも会ったし、
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右手を突き出してる痩身の侍にも会ってきた。
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・・・今週中にはレポを作成します。

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2010年5月27日 (木)

また〜り。

ずっと楽しみにしていたイベントに行ってきた。…つっても四捨五入20年来の友とマッタリ食事をする会なんだがね。
 
14時頃店に入り、ガッツリ昼を食べて、途中でデザートを追加注文し、…気が付いたら21時近く。
 
道理で外が暗い筈だよ。もう笑うしかなかった。
 
いろいろ話をする中で今更ながら互いの共通点や相違点に気付けたのは面白かったな。似ているから共感できるし、違っているから楽しいわけだ。
 
 
私信:今度はドーナツも食べようや。

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2010年5月13日 (木)

高崎土産のパケ。

高崎土産のパケ。
「ま」がサカサマになってんのは、達磨さんだけに「七転び八起き」をイメージしたものかね。

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2010年4月19日 (月)

お礼参り。

いろいろあって、川越氷川神社へ。
 
とりあえず例の鳥居をくぐり・・・
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「やあ先生!」と中央扁額の御仁にご挨拶。
(未だになぜ看板書きが勝先生なのか謎。)
 
 
参拝の後、鯛を釣り竿で引っかける変わったおみくじ(¥300)を引いたら、
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「大吉」。
 
調子がいいからって油断するな、という神さまの忠告だと思って精進しよう。
「得意澹然」ですからな。
 
・・・しかし、結構遠かった。。。

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2010年3月23日 (火)

東京大神宮。

東京大神宮。
明治13年創設の「東京のお伊勢さま」。
飯田橋に用事があったついでに折角だから鳥居をくぐってきた。
 
好きな神社だが(というより神社自体が好きなのかも)若い女性の姿がヤケに多いのは何故なんだ…?

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2010年1月14日 (木)

上里SAの「山菜きつねうどん」

上里SAの「山菜きつねうどん」
関東らしく醤油味の濃いツユ。モチッとした食感のうどん。ネギがたっぷり載ってる。七味は何故か「GABAN」。味は濃いめだが、旅先ではこれくらいがちょうどいい。かなり美味いよ。

…さあ、帰るか。

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